5.さまざまな事情は理解しました
一通りの挨拶がすんだ後、陛下に案内されたのは、わたし用に設えられた部屋だった。
皇宮の北寄りにあるその部屋は、窓があるけど、直接日差しが入ってこないので、とても明るいけれど眩しくもない。書斎にもなる居住空間を挟んで、左にわたしの寝室、右にコリン用の侍女の部屋と衣裳部屋がつながっている作り。廊下を介さなくてもコリンと気楽に接することが出来るのはありがたいし、なにより、部屋に書棚が用意されていたことがうれしかった。
壁を埋め尽くさんばかりに設置された書棚。
普通、女性の部屋に書棚なんて堅苦しいものを配置することはないと思うんだけど。
「さすが。姫さまに必要なものを熟知されてますね」
コッソリとコリンに言われたセリフに頷く。ついでに言えば、女性用の執務机も完備されているけど、別に安楽椅子もある。もう、ここでたくさん書を読め! と言われているみたいで、ちょっとワクワクしてくる。
「さて。今の皇宮内のことを説明したいのだが、よろしいかな?」
陛下は、部屋に案内するだけじゃなく、そのままドカッと長椅子に腰かけた。応接に使うのではなく、くつろぎながら本を読むのに適していそうな長椅子。
この部屋の主はわたしのはずなのに、そうされると、陛下が持ち主のようで……、まあ、いいか。
対面するように、真ん中の卓を挟んでわたしも一人掛けの椅子に腰かける。布張りの椅子はほどよく柔らかく、これまた読書にうってつけの座り心地だった。
この部屋を設えた人、わたしって奴をよく理解してるじゃない。
「今、皇宮内で暮らしているのは、先ほどのマグライア殿と、姪のオレリアーナ嬢だ。オレリアーナは、懐妊中のマグライア殿の身の回りの世話をするためにという理由で、こちらに居を構えているが……」
陛下が語尾を濁す。
その理由が、すべてじゃないってことかな。
「本当の理由は?」
「私の妻になることだ」
「妻……」
彼女は、陛下の皇妃候補だったのだろうか。
まあ、他国と友好を結ばなくちゃいけないとか、特殊な事情がなければ、国内から妃を選ぶわよね。嫁にはもれなく実家がついてくる。跡継ぎが生まれても、父親皇帝が早くに死ねば、幼い息子が帝位を継いで、その後ろに実家がしゃしゃり出てくるのは、誰を嫁にしても同じこと。わたしみたいに他国の王女が嫁だった場合は、しゃしゃり出てくるのが他国なので、その国の思うように皇国を動かされてしまう危険がある。だったら、まだ国内貴族の令嬢のほうがマシとなるのだけど。
「あの二人の一族、ノフォーク公家は、このローレンシアの筆頭貴族でな。代々、数多くの皇妃を輩出し、政治に関わってきた一族なんだ」
「ノフォーク公家?」
「ノフォーク公家は、遠い昔に皇室から分かれた一族でな。ローレンシア皇室から姫が降嫁するような家柄でもある。現在の当主、ヒルブランド・ノフォークは宰相を務めている。義姉、マグライアは宰相の妹で、オレリアーナは宰相の娘だ」
なるほど。叔母と姪、それも皇室と深いつながりのある有力者の血縁ということだ。
「マグライアは、まだ兄の婚約者で正式に結婚してなかったが、兄の子を身ごもっていることと、その身分から、皇太后に近い扱いを受けている」
マグライアさまは、「元」皇妃じゃなかった。「元」皇妃予定者だった。
現宰相の妹で、結婚はまだにしても、亡き先帝陛下の忘れ形見を宿しているとなれば、まあ、そういう扱いになるわよね。元皇妃かと思いきや、まだ皇妃でなかったとは。でも、そう思わせるだけの気品と態度に満ち溢れていた気がする。
「オレリアーナ嬢は、その身重の叔母を世話するためにと皇宮にいるが、これも、私に彼女を娶らせようという作戦の一環だ」
先帝陛下が早々に亡くなり、一応子は身ごもっているものの、権力の流れは皇弟であったフォルクハルト陛下に変わってしまった。なら、そちらにも娘を配することで、今ある権力を盤石にしておきたい。そういう思惑だろうか。
「では、陛下は彼女との結婚を考えていらっしゃるのですか?」
もしそうなら、わたしは、ベルティアの大使扱いで構わないのだけど。
「いや。彼女を妻にする気はない。私の妻は、アナタだけだと思っているのだが?」
ニッコリと微笑まれる。普通の姫なら、ここでそのセリフにウットリしそうなんだけど。
「物好きな……」
つい本音がこぼれてしまった。
だって。
わたしより、あのオレリアーナ嬢の方が、絶対キレイだし。優雅だし。皇妃らしいし。身分で言えば、わたしの方が王女だから上だけど、見た目と振る舞いは、完璧にあっちの方が上。
それを選ばないっていうのは、もったいないと思うし、わたしでいいと言うのは、物好
きの極みだろう。
「彼女を選べば、またノフォーク公が権力を持つことになる。権力が一極に集中することは避けたいんだ」
あ。そういうこと。
その理由はわかりやすかった。
今、陛下の後継者はいない。マグライアが子を産めば、その子が皇位継承権第一位となる。もし、オレリアーナと結婚してそちらにも子が出来れば、順位こそ変わるものの、一位、二位をノフォーク公家につながる皇子、皇女が占めることになる。陛下は、そういう状況を避けたいと考えていらっしゃるようだ。
(ん!? ――待って?)
じゃあ、わたし、陛下と子作りしなくてはいけないの?
いや、まあ、結婚ということでここに来たわけだし。いずれはそうなるのかなとは、思うのだけど。
「陛下には、別の血の入った後嗣が必要ですか?」
ノフォーク公家以外の。
「まあ、いずれは」
「では、早めにどなたか、伴侶となる女性を見つけてきてください」
とりあえず、わたしがいることで、ノフォーク公家への牽制にはなるかもしれないけど。
「アナタとの子では、ダメなのか?」
「それでは、お子がかわいそうです。陛下に似たご容姿になればよろしいですけど。わたしに似てしまったら、かわいそうすぎます」
容姿だけじゃない。中身もわたしに似てしまったら、ローレンシア皇室の汚点になってしまう。生まれる子がかわいそうだ。
「わたしの役目は、ローレンシアとベルティアの友好。それだけで十分です」
ここにいることで、ローレンシアとベルティアがスムーズに交易を始め、ローレンシアの国庫が潤う手伝いが出来れば。それ以上のことを求められても、正直、困る。
「アナタは、本当に、自己評価が低いのだな」
陛下が困ったように眉根を寄せた。
「冷静な観察の結果ですよ、陛下」
毎日、朝晩、嫌って言うほど自分の顔を見てますからね。陛下よりもキチンと理解してますよ。ブスだって。
「……子どもの件は、まだ先のこととして。今は、私がどれだけアナタに惚れているのか、伝えることが必要なようだ」
いや、それこそ無駄な行為ですって。
惚れられる要素、どこにもないし。
「これから、毎朝アナタに100本のバラを贈ろうか。それとも、アナタの魅力を引き立たせるような素晴らしいドレスを贈ろうか。宝石も捨てがたいな」
ズイッと陛下が身を乗り出す。
「アナタに似合うのは、燃えるように赤いルビーだろうか。それとも、風が吹き抜ける森のような緑のエメラルドだろうか。どちらも悪くない。早速用意させるとしよう」
ルビーはわたしの髪色? エメラルドはご自身の瞳の色?
「いえ。そんなことをされたら、せっかく咲いたバラがかわいそうですし、お針子さんが頭を抱えてしまうのでやめてください。宝石なんて、国庫の無駄使いですし」
国庫を潤したい。そのためにわたしを嫁にするんでしょ?
だったら本末転倒じゃない。
「ハハハッ。やはりアナタは面白い。そういうところも、またアナタの魅力の一つだな」
笑いはなかなか収まらない。時折膝を打ち、何度も笑われた。陛下、キリッとした顔立ちなのに、その顔をクシャクシャに崩してしまうほどの笑い上戸。
「いいだろう。贈り物をせずに、この想いを伝えることにしよう」
いや、だから。
わたしを想う、惚れるって。陛下、どこまでアナタは残念な人なんですか。顔がいい分、余計に、もったいない。
「今、姫が一番所望されることは、何かな?」
え? わたしが望むこと?
「私の愛だというのなら――」
「結構です」
すっぱり。きっぱり。
「では……。図書室に出入りする許可だけいただけますか?」
せっかくローレンシアに来たのだ。こちらにある貴重な書物を全部読んでしまいたい。
「いいだろう。図書室は、ここからも近い。好きなだけ書を読めるように取り計らおう」
「ありがとうございます」
ヤッター!
うれしくって、つい拳を天に突き上げる。拳だけじゃない、ピョンピョン飛び跳ねたいぐらいうれしい。
「いや。アナタは将来、この皇宮の女主となるのだから、どこであろうと自由に出入りしてもらってかまわない」
だーかーらー。
女主、皇妃は別の人にお願いしますって言っているのに。
なかなか聞き入れられないお願いにため息を漏らしつつ、それでも図書室の許可をもらえたのは、単純にうれしかった。
「……愛がほしい、子種をくれという令嬢もいるというのに。私は書に負けるのか……」
――ん?
なんか言った?
卓に肘をつき、組んだ手で口元を隠した陛下の声。くぐもってよく聞こえなかったけど。
(これで書が読める!)
結婚、皇妃、世継ぎ、陛下の思惑なんて話は、とりあえず置いといて。
今は、とにかくたくさんの書を読みたいっ!




