4.やっぱりすごいよ、ローレンシア
ふおおおっ……。
窓の外に見える景色に目を奪われる。
皇都に入ってからずっと続いている石造りの建物。
そのどれもが歴史を感じさせる風貌をまとっていて、単純に驚かざるを得ない。
本で見た! 夢にまで見た(わけじゃないけど)、あのローレンシアの景色がすぐそこに!
「姫さま、あんまり窓にベッタリ張り付かないでくださいまし」
コリンの文句。
「だって、皇宮に入ったら、次、いつ見られるかわかんないんだよ。ちゃんと観察しておきたいじゃない」
「それはそうかもしれませんけど」
街には今、人が所狭しと溢れかえっている。コリンの文句が聞き取れなくなるほど、響く歓呼。
――陛下、ご帰還。
――ベルティアの美姫を伴って。
――外遊先で一目惚れされた、皇妃候補だそうだぞ。
……美姫!? 一目惚れ!?
いやいや、それはない。
窓を開けて訂正したくなったけど、全力でコリンに止められた。
仕方なくカーテンの隙間から、人々と街の様子を確認するだけにとどめる。(それも、コリンには不服みたい。「はしたない」って怒られた)
窓から見える民衆は、ベルティアとファッションの差異はあれど、かなりキチンとしていると思う。所々に見受けられる看板も、絵だけじゃなく、文字でなんのお店かを示している。つまり、庶民でも文字が読めるってこと。文化レベルと、生活水準の高い証拠だ。石畳もキレイだし。
そして、陛下が間近を通るたびに、民衆がわれんばかりの声を上げる。
――やはり素晴らしい、立派な方だ。
――いにしえの女王の夫君にそっくりなご容姿。
――いやいや、容姿だけじゃないぞ。その聡明な知識は、かの女婿にも劣らないとか。
――今のローレンシアを支えられるのは、やはり陛下しかおられない。
――陛下なら、ルティアナなど、あっという間に併呑されるさ。
――ルティアナが、調子づいていられるのも今のうちだけだ。
などなど。
いろんな声が聞こえる。
陛下は、ご先祖に似たご容姿で、その聡明さも似ているらしく、国民から国土回復の期待も受けていらっしゃると。そういうことなのね。
(でも国土回復って、簡単にできるものなのかしら)
少なくとも、ルティアナが独立したのは、四半世紀近く昔、20年も前のこと。今では、二代目の国王が擁立され、国内は安定しているって、ベルティアでは聞いていたけど。
それでも、国土は取り戻したいものなのかしら。
交易によって国庫を潤したら、陛下はルティアナとの戦争をお考えなのかしら。
これだけの期待を背負っているのだ。イヤだとはおっしゃらない気がするけど。
(そうすると、莫大なお金がかかりそうね)
お金だけじゃない。人の生命も多大に失われるだろう。
そこまでして取り戻したい国土。それは、歴史あるローレンシア国民のプライドなのだろうか。
わずか200年程度しか歴史のないベルティアの者としては、なかなか理解できない感覚だった。
殿下とともに、たどり着いた皇宮は、これでもかってぐらいに荘厳で、訪れる人を圧倒しそうなほど、大きくそびえ立っていた。
「ベルティアとは、全然違う……」
「さすがローレンシアですわね、姫さま!」
コリンが興奮した声を上げる。
ベルティアの王宮は、そこまで大きくない。もともとは都市の庁舎だったものを改造して王宮にしていたため、ややこじんまりとしている。
それに比べて、ローレンシアの皇宮は、歴史を重ねるたびに、改築を加えたのだろう。同じ白亜の建物でありながら、その部分ごとに建築様式が違い、一見、ちぐはぐに感じるのに、それが全体となるとまとまって見えるという、不思議な様相を呈していた。
地図なしに、案内なしに歩き回れば、確実に迷子になりそう。
そんなことを考えながら、馬車から降りる。
ウッカリすると、その皇宮のすばらしさに、足を止めてしまいそうになるわたしをエスコートしてくれるのは、その住まいの主。陛下自ら、手を引き、わたしを案内してくれた。
皇宮のところどころで出会う、様々な人たち。
うやうやしく頭を下げてくれるけど、必ずその後に交わされてる、「ヒソッ」と話。
(まあ、見目麗しいウチの陛下が是非皇妃にと連れてきたのがコレ、じゃあねえ)
わかる。わかるのよ。言いたいこと。ヒソッと話さなくてもわかるのよ。
陛下が外遊先で、見初めたベルティアの美姫。
片時も離したくないと、連れ帰ってきたという女性。
さぞかし麗しく、女神もかくやとばかりの美しさ…とか、想像していたんだろうけど。
(ゴメンね、チンクシャで)
赤毛のやせっぽち。唯一の自慢である水色の瞳だって、大きいだけで色気もへったくれもない。
(これで、もう少し女らしい体つきだったらいいんだけど)
赤毛だって、出るとこ出て、へっこむところがへっこんでれば、「妖艶な美女」になることも出来る。男をたぶらかす悪女イメージも強いが、それでもいくらかマシだろう。
だけど、わたしがそのイメージ通りに仕上がるには、あと何十年、陛下に胸を揉んでもらえばいいのだろう。仮に、コリンの言うように、揉まれて胸が大きくなるとしても、多分、理想の体型になったころには、シワシワのおばあちゃんになっている気がする。そして乳はふくらむでもなく垂れ下がる。
(これで、わたしが中身も「ハズレ姫」だって知ったら、皆、落胆するんだろうな)
「でも」「だって」と、一言多い、ハズレ姫。
言いたいことがあると、口をつぐんでいられない性分。
女が書物など読むからだ。
そんな文句を散々言われてきた。
書物を読むから、頭でっかちになり、口ごたえをする。
でもね、女に論破されて、反論も出来ないような男でどうするのよ……って。ああ、また「でも」を使っちゃう。
ダメだなって思うけど、これがわたしなのだし。
隠すつもりもないし、直せそうにないから、このままでいく。
これでダメなら、陛下も別の女性を連れてくるでしょ。そうしたら、ローレンシアの国民も納得するだろうし。
「お帰りなさいませ、陛下」
回廊の先、大きな広間で待っていた女性。
優雅にドレスの裾をつまんで頭を下げる。
「そして、ようこそいらっしゃいました、ルアナ姫」
女性が微笑む。金の髪、紫の瞳。そして、女性としての理想を体現したような容姿。歳は、多分、わたしより十ぐらい上。その傍らには、わたしと似た歳の、女性と似た容姿のこれまた女性。
「出迎えごくろうです、義姉上、オレリアーナ嬢」
陛下も微笑み返す。
………義姉上? オレリアーナ嬢?
陛下に義姉がいらっしゃったの? そして、オレリアーナ嬢って?
「紹介しよう。私の亡き兄上の妻、マグライア・ノフォークと、その姪のオレリアーナ・ノフォークだ」
陛下の紹介に合わせて、二人の女性からもう一度頭を下げられる。マグライアに続いて、オレリアーナといった具合い。
陛下の亡き兄上の妻ってことは、「元皇妃」。それと元皇妃の姪の令嬢ってことか。
その仕草はとても優雅で気品があって、さすがは大国の元皇妃と、その関係者って感じで、思わずこちらが恐縮してしまう。
そして……あれ?
ついマグライアさまのお腹に視線がいってしまう。
最近流行のパニエを使って膨らませてるんじゃない。ふっくらと自然に、それでいてほっそりした体に不釣り合いな膨らみ。下腹だけじゃなく、おへそのあたりまでぽっこり膨らんでいる。
「彼女は、兄の子を身ごもっているんだ」
わたしの視線に気づいた陛下が、そっとその理由を教えてくれた。
……子ども? 先帝の遺児ってこと?




