3.ローレンシア皇妃(仮)です
納得したわけじゃない。
理解はしたけど。
もっと明確にきちんと説明いただきたかったけど、これ以上グズグズ言うと、お父さまに本気で首を絞められそうだったので、やめておいた。
こうしてローレンシアにむけて旅立ったのも、下手な事したらお父さまに、「サッサと嫁げ!」とお尻をけ飛ばされそうだったから。本意ではない。
――ローレンシアのような大国が、我が国の姫を皇妃にしてくださるなど。
交易のためです。お父さま。
――ルアナのような姫でも、もらってくださると。
わたししかローレンシア語を解せなかったからです。
実際、お姉さま方はかなりご不満だったようで、「あのハズレ姫が」とか、「人参のクセに」とか、散々わめいていたそうな。
わかる。わかるのよ、お姉さまたちのおっしゃりたいこと。
似合わないものね。わたしに、大国ローレンシアの皇妃なんて立場は。
わたしだって、未だに「場違い」って思ってるだもの。
そのうち、フォルクハルトさまが、「実は、もっといい条件の姫を見つけてきたので、お役御免です」って言ってくるはず。だって、今は国のために焦っていらっしゃるだけだと思うし。冷静になったら、「あれ? どうしてこんなの選んだんだろう」って後悔なさると思うし。
どこぞの悪いことしたご令嬢みたいに婚約破棄となっても、「ああ、そうですか」って納得して、ベルティアに帰りそう。あ、でもそんなことしたら、お父さまが卒倒なさるか、わたしが絞殺されそうね。
あ、でも。
「帰るのは、しっかり読んでからかなあ」
一人呟く。
1000年の歴史があるローレンシア皇国だ。皇宮の書庫には、きっとそれに見合うだけの書物が収められているに違いない。ベルティアでは手に入らないようなそういう本。
そこだけは、ちょっとワクワクする。
「姫さま、また本のこと考えていらっしゃるのですか?」
一緒に馬車に乗るコリンに呆れられた。
「だって、面白そうじゃない」
皇妃として、どこまで役に立つかわかんないし。そもそも、皇妃って立場も(仮)なわけだし。
突然決まった結婚に、準備が追いついていない。
本来なら、皇族王族の結婚は、その何年も前から準備が進められる。それが、ローレンシアの懐事情のため、急遽わたしの輿入れが決まってしまった。
――ちょっと待ってくれっ!
そんな叫びを上げたのは、両国の外交官と、式典をつかさどる文官、女官たち。
持参金などの具体的な話、ドレスの手配などなど。そういったものが、全くと言っていいほど何も出来てない。
せめて一年は猶予が欲しい。
そう懇願され、結局、わたしたちの婚儀は来年ということになった。
それに、ローレンシアでは、まだ先代皇帝が亡くなって半年ほどしか経っておらす、慶事は控えたいとのことだった。
けど。
「一日でも早く姫に、ローレンシアにお越しいただきたい」
フォルクハルト陛下のお言葉により、わたしは、結婚を前にローレンシアに向かうことに。陛下が、ベルティアからローレンシアに戻る旅に同行することとなった。
「そんなに、ルアナのことを想ってくださるとは」
お父さま、感涙。
両手を振って(万歳三唱で)ベルティアから送り出された。
まあ、情熱的に聞こえるよね。陛下のセリフ。
この言葉を聞いて、コリンにも「きゃああっ!」と絶叫されたし。
「陛下は、姫さまにベタぼれなんですよ、ゼッタイッ!」
「そんなことないと思うけど」
ローレンシアに向かう馬車の中。二人っきりなのをいいことに、コリンが力説する。
「いいえ、そうでなければ、『一年も会わずに待つことなど出来ません』なんて、おっしゃいませんよっ! 出会ってすぐに恋に落ち! 片時も離れていたくない恋心! これを『ベタぼれ』と言わず何と言うんですか!」
興奮して、握りしめた両手をブンブン振り出したコリン。
うん、まあ、そういうことも言われたけどね。
でもさ。
それって、「一日も早くローレンシアに来て、自分を補佐してほしい」ってことなんじゃないのかな。
結婚に関する交渉よりも、交易についての情報、販路が必要で。
そのために呼ばれてる気がするんだけど。
反論するだけの論拠も乏しいし、したところで無駄な気がして、グッとこらえる。
「フォルクハルト陛下は、他の殿方が気づかなかった、姫さまの魅力に気づかれたんです。そうに違いありません!」
魅力、ねえ……。
「この体で?」
馬車のなかのをいいことに、自分の胸を押さえてみせた。
途端にへっこむ、ドレスのふくらみ。ポコンと音がしそう。
「そっ、それはぁ……」
コリンの声が小さくなっていく。
「大丈夫ですっ! 女は胸じゃないし、姫さまもこれから大きくなりますっ!」
実を言うと、同い年なのに、コリンの方が胸は豊かだ。同じ17歳ながら、わたしの胸はささやかすぎる。
「姫さまのお胸は…。陛下が揉んで大きくしてくださいますっ!」
「えと、それはデマ……」
揉んで大きくなるのは一時的なもので、大きいままになることはない。一時、血流が良くなってそう見えるようになるかもしれないけど、質量まで増えるわけじゃない。そんなことしたら、揉まれ続けた女性は、すべて乳牛なみの胸を持つことになる。
医学書にも、揉めば大きくなるなんてことは書かれていなかった。
「デマじゃありません。陛下なら、きっとそれぐらいの手技をお持ち……」
コンコンッ……。
突然、馬車の窓がノックされ、話が中断された。
「ちょっといいか?」
顔をのぞかせたのは、わたしの胸を大きくする術を持つと(勝手に)決められた、フォルクハルト陛下。
「なんでしょう」
会話、聴かれた?
真っ赤になって姿勢を正したコリンの代わりに、わたしが訊ねた。
「ローレンシア領にもうすぐ入る。その前に、少し降りてきてはもらえないか?」
「あ、はい」
言われるままに、馬車から降り、陛下に導かれ、行く先を眺める。
やや小高い丘にいるものの、ローレンシア全体を見渡せるわけではない。
見えるのは、深い森と、その向こうにかすむ険しい山々。ベルティアのような潮の香りはなく、満ちているのは、土の匂いと、木々の緑。
「このローレンシアの大地を、アナタとともに護ってゆきたい」
陛下がおっしゃった。
「立ちはだかる困難も多いかもしれない。アナタを苦しめるかもしれない。だが、この先、私を、この国を支えてはくれないか?」
その目は真剣。言葉はまるで誓い。
「はい。わたしでお役に立てるなら」
愛とか恋とかよくわからないけれど。
必要とされることに、イヤと言うつもりはなかった。
(仮)であっても。




