2.理由、お聞かせください
「私が求めるのは、アナタです。ルアナ姫」
ツカツカと大股で陛下が入ってくる。その顔には、柔らかな笑み。
突然の訪問に、コリンはわたしと陛下を見比べてオロオロしてたけど、わたしはちょうどいいと思っていた。
こんな時間に女性、それも(一応)王女の部屋を訪ねてきた無作法はとりあえず無視。
だって。
「その理由を、お聞かせ願えますか?」
わたしを選んだ理由。
わたしで間違いないという根拠。
ちゃんとわたしを選んだ理由を聞いて、納得したい。それで、もし間違った情報を陛下がお持ちなら、訂正してさしあげたい。
「やはり、ウワサ通りの姫ぎみだな」
コリンが勧めた椅子に腰かけ、陛下が笑った。
その様子、女性の部屋に~とか、他国の王宮なのに~みたいな遠慮は見られない。自分の国の自分の部屋にでもいるかのような、ゆったりとした態度。
「理由に納得されたら、妻になっていただけるのかな?」
なんて、ふざけた言い方してくるし。
「それは。伺ってみないとお答えできません」
納得できるかどうかもわからないのだから、承諾できるかどうかもわからない。
コリンが「あわわっ」と軽く声を上げたが、それが、わたしの性分なのだから仕方ない。
「いいだろう。率直にお話させていただく」
コリンは青ざめていたけど、陛下は特段、気にされているようではなかった。
「今のローレンシアは金がない」
「金!?」
「数十年前から続く、ルティアナの独立戦争のせいでな。国庫がかなり疲弊している」
1000年の歴史を持つローレンシア皇国。そのローレンシアから、東方の一地方だったルティアナが独立を果たし、王国として成立したのが、二十数年前。わたしが生まれる前。
ルティアナの独立を許さなかったローレンシアは、国家の威信をかけて戦を続けた、今も停戦はしているけれど終戦を迎えてはいないと、書物で読んだことがある。
「国民に税をかけ、国庫を潤すことは出来るが、それは最終手段にとっておきたい」
「懸命な判断だと思います」
戦争で疲弊しているのは、国家だけではない。国民だって弱っている。
働き手である男を戦にとられ、生産力が落ちる。できた食料だって、戦争優先で持っていかれ、国全体が疲弊している。
そこに税を重ねたら、下手をすると、ルティアナのように、反旗を翻し独立運動に発展しかねない。独立までいかなくても、内乱待ったなしだ。
「そこでだ。我がローレンシアとしては、外交、特に商業に力を入れたいと考えているのだが、その手の知識が残念ながら少ないのが現状だ」
ローレンシアは海のない内陸国家で、外洋を介した貿易なども経験ないだろう。
「ベルティアは海洋国家で、外交にも、交易にも長けていると聞いている」
「はい」
その情報は間違っていない。
ベルティアは、小さな都市国家にすぎないが、貿易から得る利益は、ローレンシアの国庫と比べても遜色ない。国庫は、お父さまがどれだけ側室を迎えても問題ないぐらいには潤っている。
「ならば、その国家の姫ぎみを妻にすることで、その交易の方法など、手に入れられないかと、思い至ったわけだ」
なるほど。
ベルティアの姫を妻にすれば、交易のコツもさることながら、ベルティアを通じて商売の道を拓くことができるかもしれない。
「税金ではなく、交易によって国庫を潤すと……」
戦争による領土拡大や、増税で国庫を潤そうとしないだけ、いい政策だと思う。
「でも、たとえそれが本心だとしても、ベルティアの姫は、わたしではなくてもいいのではないですか?」
「姫さまっ!」
聞いているだけになっていたコリンが、咎めるような声を上げた。
コリンにしてみれば、せっかくの、せっかくの縁談なんだから、「はい」と頷いておけばいいのにというところだろう。けど。
「ベルティアには、ご存知ないかもしれませんが、わたし以外にも、何人か独身の姫がおります。わたしのような身分の低い母を持つ姫ではなく、ご正妃の血を引く姫もおります。どうして、わたしを選ばれたのですか?」
ベルティアの姫が欲しい。
その理由は納得したけど、わたしでなければいけない根拠がわからない。
「ルアナ姫は、ご自身の魅力に気づかれてないのか?」
陛下が苦笑なさる。
「まったく。わたしに魅力があるなどと、思ったことはございません」
即答。
だって。
かわいげのない姫として有名だもの、わたし。
自分でも自分をかわいいと思ったこともないし。かわいさだけで選ぶなら、すぐそばでオロオロしてるコリンのほうが上だと思う。
「ハハハ。なかなかおもしろい姫ぎみだ。ますます気に入った」
膝を打ち、陛下が笑う。
「アナタを選んだ理由は、その聡明で冷静な性格だ」
「聡明? 冷静?」
そんなふうに言われたのは初めてだ。
「ベルティアとの関係は必要不可欠だが、それだけでは、今のローレンシアを支えることは難しい。私の妻、皇妃に求められるのは、男性にも負けないだけの知識と、何事にも動じない冷静な判断力。皇宮の奥で妍を競っているだけではダメなんだ」
「はあ……」
皇妃に必要なのは、美しさではなく、皇帝を補佐できるだけの力だということか。
「でも、わたしでなくても、聡明で美しい姫はいくらでもいます」
わたしに足りない魅力を持ち、かつ、わたし以上に賢妃となる素質のある姫はいる。
「きちんと吟味されてないうちに決められるのは、早計だと思います」
お姉さまたちだって、美しいだけじゃなく、知的でいらっしゃるはずよ。
「アナタという人は……」
あ、陛下が呆れてる。
「アナタの姉君たちともお話ししてきたが……。その誰もが、アナタほど博識ではなかったよ」
…………!?
どういうことかしら。お姉さまたちだって、姫として、きちんと教育は身に着けていらっしゃるはずよ。
「姫。今、私たちは何語で会話してる?」
「ローレンシア語……ですが。それがなにか」
最初は、ベルティアの言葉で話しかけられていたが、途中から、わたしの魅力がどーたらこーたらという部分から、ローレンシアの言葉に切り替わっていた。
その証拠に、侍女でしかない、ローレンシア語未収得のコリンは理解できず、困った顔のまま、わたしたちを見ているだけになっている。
「アナタの姉君たちは、ローレンシア語で会話ができなかったんだ」
「あ……」
「アナタは、特に困った様子もなく私の言葉についてきたが、姉君たちは理解できなかったんだよ」
なるほど。
ローレンシアの皇妃となる者が、言葉を理解できないでは、どうにもならない。
ベルティアとローレンシアの言葉は、全く系統が違う。ローレンシアの言葉は、その歴史から、かつての大陸公用語だったので、一応の教養として学ぶことが多いのだけど。
(……お姉さまたち、習得していなかったのね)
軽くため息をつく。
平時なら、それでもローレンシアに嫁ぐことも可能かもしれないが、今、皇帝陛下に求められている皇妃の条件には当てはまらない。
「それで、わたしを皇妃にと、そう申されたのですか?」
ベルティナの姫で、ローレンシア語を理解できる者。年齢も加味されているだろうが、それらの条件で、わたしは求婚されたらしい。
「ああ、そうだ。これでご理解いただけたかな?」
ニヤリと笑い、陛下がわたしを見つめる。
「承知しました。けど……」
「けど?」
「本当に、それだけですか?」
「……なぜ、そう思う?」
質問に質問で返すな。
「交易をとおっしゃるなら、別にベルティアでなくとも構わないのでは? そうですね、フィリツィエも交易大国ですし、他にも金づるとなる国はたくさんあるはずです」
ローレンシアに接していて、海にも面している、貿易のさかんな国は、なにもベルティアに限ったことじゃない。例に挙げたフィリツィエとは、ベルティアとここ何十年も海の交易権をかけて、水面下の戦争を繰り広げている。あちらの国だって、ローレンシアと友好を築きたいと願っているはずだ。もし、このままフォルクハルト陛下が、「姫をくれ」なんてフィリツィエに言ったら、二つ返事で、姫にリボンをかけて差し出してくれるんじゃないかな。ローレンシアと手を組むことは、ベルティアに対して、一歩前へ出たかんじになる。それだけの価値がローレンシア皇国にはあるのだ。
「ふはっ。本当に、歯に衣着せぬ物言いだな、アナタは」
笑われた? ちょっと失礼だぞ。
「そのような条件で、わたしに求婚されたのであれば、こちらからも条件を出させていただいてもよろしいでしょうか」
「条件? アナタの?」
目を瞠った陛下の言葉に頷いてみせる。
「この先、わたしより素晴らしい条件の姫君が見つかりましたら、そちらを皇妃となさってください。見つかるまでは、このベルティアの姫として友好のために皇妃役を演じさせていただきますが、立場的には、大使としての扱いでお願いいたします」
「なぜ?」
「わたしでは、ローレンシアの民が、がっかりすると思います。この容姿ですから」
無造作にまとめただけの髪が、肩に触れる。
わたしより素晴らしい姫君など、星の数より多く、掃いて捨てるだけの数はいるだろう。
「自身を美しいと思ったことは?」
「ありません。一度も」
どこからどう見ても、「美しい」と思える要素がない。
強いて言えば、若さと姫としての衣装が、「平凡」を「それなり」に見せているだけで、それがなくなれば、かわいげのない、頭でっかちの人参娘になる。
「冷静と言えば聞こえがいいが……、アナタは、自己評価が低すぎる」
立ち上がった陛下が、深くふかく息を吐く。
「とても魅力的な姫だと、私は思うが?」
「……目、悪いんですか?」
一瞬の間。
そして、大爆笑。
お腹を押さえて、肩をゆらして。とても大国の皇帝とは思えない笑い方。
「いや、本当に面白い姫ぎみだ」
笑いを収めようとしてるのに、何度も思い出してるんだろう。時折、クックッと喉を鳴らされた。
意外と笑い上戸。
「今までいろんな国を回って、たくさんの姫君を見てきた。そのなかでもアナタが一番素晴らしかった……などと言っても、納得しないんだろうね」
「はい。その間違った価値観の訂正と、グランドツアーのやり直しを提案いたしますわ」
花嫁探し。グランドツアー。
陛下の目がおかしいのなら、臣下に評価してもらえばいい。きっと素晴らしい、後世にその名を残すような賢妃を選んでくれるに違いない。
「温かな炎のような髪と、澄んだ湖のような瞳の姫ぎみ。アナタの条件、受け入れよう」
髪を一房持ち上げられ、チュッとキスされた。
「ただし。条件に見合う姫君が見つからない場合、ベルティア大使ではなく、私の妻、我がローレンシアの国母となってくれないか」




