1.15番目のハズレです
ほ、本気で言ってる?
その言葉を聞いたとき、広間に集まった貴族たちより、聞かされたわたしが一番驚いた。
いや、だって。
――ルアナ・リサ・ベルティーノ。アナタを私の妻に迎えたい。
だよ?
妻? わたしを――妻?
それも相手は、あの大国、ローレンシア国皇帝、フォルクハルト・ユリアス・ローレンス陛下。スラリとした長身。艶のある黒髪と、深い緑の瞳。御歳24の皇帝陛下は、その立場と容姿で、並み居る令嬢、姫君をウットリさせ続け、嫁ぎたい男ナンバー1、首位をほぼ独走しているっていうのに。
イキナリのご指名。突然の求婚。
その相手は、このわたし。――わたしっ⁉
うれしいっ! やだ、どうしようっ!? とか、降って湧いたこの幸せ! 神様ありがとう! とか、そういうのではなく。
「人違いです」
差し出された手を、キッパリ、スッパリ速攻断った。
わたしの前で片膝をつき、手を差し伸べたまま固まった陛下。
広間に広がる一瞬の静寂。そして。
「ルアナァァァッ!」
お父さまの絶叫。
「おっ、お前はなんということをっ!」
ズダダダダッと、この国の王らしく座っていた玉座、壇上から、お父さまがものすごい勢いで駆け下りてくる。仮にも小国とはいえ一国の王であるはずなのに、その姿は、かなりみっともない。
「フォルクハルト陛下が、へ、陛下がせっかく見初めてくださったというのにっ! それを、おっ、お前はっ……!」
口から泡を飛ばして叱られた。
「でも……」
「『でも』も、『だって』もないっ! こんなありがたいお話を、おっ、おっ……」
卒倒寸前。そばにいた侍従が、倒れそうになったお父さまの体を左右から支える。
お父さま、息をしてください。ほら、吸って、吐いて、また吸って……。
「落ち着かれよ、ロレンシオ殿」
立ち上がったフォルクハルト陛下が声をかけた。
「突然のことに、姫は驚かれていらっしゃるのでしょう」
優しくフォロー。
「知り合って間もないのに、乞い求めてしまった、私が性急すぎたようです」
悪いのは私ですよ。
そういうことで、この場を収めてしまおうという思惑なんだろうけど。
「いえ。陛下の間違いを正そうとしただけです」
何をどう聞いてわたしに求婚してきたのか、わからないけど。
何かの間違い、手違いだと思うから。
「妃とされるなら、あちらの……」
「ルアナァァァッ!」
手で指し示そうとしたら、息を吹き返したお父さまに、全力で肩を引っ掴まれ、勢いのままにゆすられた。
ガクガクと前後に揺さぶられる首。かなり痛い。視界も頭もグワングワンする。
結局、フォルクハルト陛下が、荒ぶる馬のようなお父さまをなだめ、その場は、一時解散となった。
やれやれ。
*
「まったく、いい迷惑だわ」
自分の部屋に戻ってからも、まだ首が痛い。コキコキと首を回して、指で押さえる。
「この場合、姫さまも悪いのでは?」
「わたし?」
わたしも悪い?
「ええ。あんな公の場で求婚を断るだなんて……」
そう言ってくるのは、侍女のコリン。乳姉妹でつき合いが長いせいか、会話も軽い。
「でも、間違ってるって思ったから……」
間違いは指摘する。間違いは訂正してもらう。
そういうものじゃないの?
首を回すのを止め、コリンに手伝ってもらいながら、髪留めを外し、ドレスを着替える。
「一国の皇帝が求婚する相手に、わたしって。ありえないでしょ」
窮屈でめんどくさいコルセットも外し、いつものくたびれたドレスを身に着ける。長いだけが取り柄の髪は、後頭部で無造作に結び直す。
「そんなことおっしゃっても。ルアナさまだって、立派な姫君、ロレンシオ陛下のお子さまなんですよ?」
「うん、それは、そうなんだけど……」
そこは否定しない。わたしのお父さまは、このベルティア王国の主だし。
お父さまは、このベルティア王国の第八代国王。ベルティアは、(間違って)求婚なさったフォルクハルト陛下のローレンシア皇国よりは小さいけれど、それでも王国ではある。
「だったら、皇帝陛下から求婚されるのも、おかしくないのでは?」
「え、でも、わたし『ハズレ姫』だよ?」
「姫さま……」
わたしの即答に、コリンがため息とともに額を押さえた。
「どこでそんな言葉を……」
「だって、みんな言ってるじゃない。15番目のハズレ姫だって」
お父様の15番目の娘。
統治能力はイマイチだけど、お子を作るのだけは得意なお父さまには、たくさんの子女がいる。
お兄さまだけで13人、お姉さまは14人。弟妹はあわせて、10人だったかしら。ああ、先月、王子が生まれたって言っていたから、11人ね。夭折した兄妹もいるので、実際の兄妹数はもうちょっと少ないけど、それでもかなりの人数だと思う。正室の王妃だけでなく、側室側妃もいるから、同い年の兄妹も存在したりする。
わたしのお母さまは、その側妃……ですらなく、王宮の司書の娘だった。父親の職場に来たら、なんかの成り行きで、国王であるお父さまに見初められ、そういうことになったら、わたしがデキて。子を産んだら側妃ってこともあったのかもしれないけど、産後の肥立ちが悪くて、わたしの誕生から3日後に亡くなった。
一応、それでも国王の娘に間違いないからと、王宮で育ったものの、後見人もいない。
野放し。放置。ほったらかし。
唯一の肉親となったお父さまにも、普段は、「あ、いたのか」と言われそうな扱い。
ホント、「お姫さま(仮)」って程度。
だけど、それを「イヤだ」とか「寂しい」とか思ったことはなかった。
コリンと亡き乳母のように、わたしに仕えてくれる人はいたし、何より、ほったらかしにされたことで、好きなだけ図書室に入り浸って、本を読んでいられるのがうれしかった。
「母君の血かもね」
そう言う人もいた。司書だった母に似て、わたしも本が好きなのだろうと。
だって、お父さまは、ほとんど本を読まれないし。だから、父親に会いに図書室にいた母がどうやって父に見初められたのか。王宮のちょっとした謎になっているのだけど。
本は楽しい。
物語なら、時間を忘れてその世界に没頭できる。学術的な記録なら、知らない知識を増やすことができる。図録や図鑑は、見ているだけで単純におもしろい。
だから、たくさん読みたくて、図書室入り浸る生活をしてきたのだけど。それがいけなかった。
――15番目のハズレ姫。
他人との会話が下手。
なにかあると、「でも」とか、「だって」とか、相手を否定することを言ってしまう。納得いかないと、トコトン論戦をぶっかける。
本ばかり読んでいるから、頭でっかちなんだろう。かわいげのない女だと、わたしに論破された貴族が言っていた。
その上、可憐な容姿ならなんとかなるのに、人参色の髪、大きいことしか取り柄のない氷のような水色の瞳、ふくらみも少なくて、前か後ろかわからない、女らしさを感じないやせた体では鑑賞価値も低い。
唯一の取柄は、姫であることだけど、それだって、姉妹がたくさんいれば、その価値は下がる。
こんな姫を妻にしたいと言う貴族はおらず、多分、将来的にも現れるとこはない。一生、本に埋もれて生きるんだ。
そう自分でも思っていた。
だから。
「フォルクハルト陛下は、きっとなにか、勘違いされているのよ」
きっと、どこかの誰かが、陛下に伝令ミスをしたんだろう。
「陛下にふさわしいお相手というなら、お姉さまたちでじゅうぶんなはずよ」
わたしみたいに、かろうじて「姫」なのではなく、正妃さまのお産みになった本物の姫。
姉妹の順番的にも、それが正しいと思うし、間違いないと思う。
「ねえ、陛下が勘違いされるような、わたしに似た名前の姉妹っていたかしら」
もしかすると、名前が間違って伝わってて、それでわたしに求婚したのだろうか。
――ベルティア王家には、とても素晴らしい、皇后にふさわしい姫君がいらっしゃいます。名は、る、る……、「ル」なんとか。末尾に「ナ」がつく、そういう名前で。
とかいう、あいまいあやふや伝達。
第9王女ルーチェ、第11王女ルイシーナ、第14王女フリア、第17王女プリシア……。
姉妹が多いと、それぐらいのミスは起きてしまいそうだ。
「いえ、勘違いでも間違いでもありませんよ」
軽いノックと、訪問を告げる衛士の声。
開かれたドアの近くに立っていたのは、例の皇帝陛下。
「私が妻にと願ったのは、アナタですよ、ルアナ姫」




