6.新たな二つ名? 巣ごもり姫
陛下のおっしゃったとおり、わたしの部屋から図書室はとても近かった。
陛下と別れ、早速訪れたわたしに、図書室を預かる司書長は、目を真ん丸にして驚いていた。
「姫君がこんなところへいらっしゃることは、滅多にございませんもので」
白い髪を丁寧になでつけた司書長。
オタオタと、どう対応すればいいのか、かなり困っていた。
ズレた眼鏡を何度も押し上げては外して、上着の裾でレンズをこする。
多分、彼にとってわたしの訪問は、司書人生初! ぐらいの珍事なのだろうな。
何をどう案内すればいいのか、どこに座らせればいいのか。必死になって考え、焦っているかんじ。うっかり機嫌を損ねたら、どうなってしまうのか。図書室なんかに来る異国の姫に、対応する方法なんてないだろうし。
「気にしないで。わたしは好きに書を選ばせていただいて読むだけですから。わたしに構わず、アナタの業務だけに専念していてください」
時折、書のありかについて質問することはあるかもしれないけど。
オルランドと名乗ったその司書長は、最初こそ恐縮していたけど、日々通ううちに慣れてきたのか、わたしが行ってもそこまで驚かなくなっていった。
それどころか、わたしが行くと、いそいそとうれしそうに、書物の山の中から現れる。
皺の多い、人のよさそうな笑みを浮かべて、「姫さま、この本は読まれましたか?」「こちらなど、参考になるかと思いますよ」と、楽しそうに本を薦めてくる。
オルランドの推挙する本は、どれも面白く、興味深かった。わたしも次第に彼の薦める本を心待ちにするようになっていった。読んだ後、感想など伝えると、オルランドの細い目が、パアッと輝く。そして饒舌に語られる。
(根っからの本好きなのね)
でなければ、司書長なんてやってられないと思うし、人に本を薦めたりなんてしない。
ベルティアで、司書長をしていた母方の亡き祖父もこんな感じだった。本のことは詳しいけれど、王女である孫とどう接したらいいのかわからない。そういう不器用な祖父だった。
自分のせいで、娘が国王に見初められ、子を産んだものの死んでしまい、そのせいで孫が王女でありながら放置される目に遭っていること。その辺を心苦しく思っていたのかもしれない。
ま、それはさておき。
オルランドに推薦してもらったりして、貸し出してもらったそれらを読むのは、もっぱら自分の部屋の安楽椅子の上だった。
この安楽椅子、最初に感じた通り、書を読むのにうってつけなほど、座り心地がいい。北側でも明るい窓際に置かれたそこに座って読むのは、
まるで、ここで書を読め! と言われているような環境。
ここでなら、姫らしく着飾る必要もないし、髪だって、適当に結っただけで済むから、とてもありがたい。誰かに気をつかう必要もない。
オルランドと話がしたいから部屋から出ることもあるけど、ここに閉じこもって過ごす。ご飯だって、コリンに用意してもらった軽食ですませることがほとんどだった。
そういう意味では、ベルティアでの暮らしと今はほとんど変わっていない。いや、ベルティアよりも、こっちのほうが断然居心地がいい!
どうかすると、ベルティアの大使との謁見もここですませるから、もう、ほとんど引きこもり状態。
陛下は、女主になる身として、自由に皇宮内をうろついていいとおっしゃってくれけれど、そこまで興味ないのよね。まあ、どんな構造になっているのか、気にならないわけじゃないけど、歩き回って、誰かに会って話をするのが面倒くさい。姫らしい振る舞いっていうのも、あんまり自信がないし。
ということで、引きこもり生活を送っていたのだけど。
――ベルティアの『巣ごもり姫』。
久しぶりに部屋から出たら、こんなあだ名が聞こえてきた。
鳥や獣は、草や木の枝葉を使って巣を作るが、あの姫は、書物を使って巣を作る。
話していたのは、わたしに気がつかなかった女官たち。ヒソヒソとウワサ話に夢中になって、すぐ近くをわたしが通りがかっていることにも気づいていなかった。(気づかれない程度の身なりだったけどね)
――あのご容姿なら、そうそう部屋からは出られないでしょうよ。恥ずかしくって。
――陛下も、あの姫のどこを気に入られたのかしら。
――あんなの、政略結婚以外、なにものでもないわ。
――陛下にふさわしいのは、オレリアーナさまよ。
うん。そうだ、そうだよね。
女官たちのウワサ話。腹立つよりも、女官たちに「でしょ? そうでしょ?」と同意を求めてしまいたい気分になっていた。
陛下が、わたしに惚れているって言っても、普通は納得しないよね。誰でも、「ウソでしょ」ってなっちゃう。
でも、容姿が気になって部屋に籠っているわけじゃないんだけどなあ。
訂正したいけど、そうすると、ウワサを盗み聞いてしまっていることにバツが悪くなるし、彼女たちを恐縮させてしまうからやめておく。
こういう時、一緒にいるコリンがローレンシアの言葉を理解できなくって、よかったと思う。
理解できたら、絶対、女官たちに食ってかかりそうだもん。
にしても。
(『巣ごもり姫』って)
ベルティアでの『ハズレ姫』。ローレンシアでは『巣ごもり姫』。
わたし、諸国漫遊なんてしたら、片手で数えられないぐらい、たくさんの二つ名をいただけるんじゃないかしら。
次は何が来るんだろう。
コリンが聞いたら卒倒しそうだけど、わたしは意外と期待して待っている。
そんなわたしの、(個人的には)悠々自適のローレンシア生活なんだけど。
困ったことが一つだけある。
それは、陛下が頻繁に私の部屋を訪れること。
陛下の来訪は、主に夜なんだけど、三日と開けずにやってくる。
まあ、皇宮自体、陛下の持ち物なんだから、いつ、どこに行こうが陛下の自由ではあると思うのだけど。
そう頻繁に来られても、正直、迷惑。
一応、わたしが書を読んでいるときに、なにか邪魔をしてくることはないけど。(してくれば、陛下であっても速攻で追い出す)
読み終わった後なんかに、書評を交わしたり、日中あった政務に関して議論を交わすことは…悪い、ことではないのだけど。忌憚なく意見を言っても、陛下はイヤな顔一つされないし、正直楽しいのだけれど。……その。
陛下、わたしの部屋で休まれることも多い。
これが本気で困る。
婚前交渉とかそういうのじゃない。
ただ、議論を交わして、眠くなったらそのまま寝るだけなんだけど。
朝まで一緒にいられたら、かなりの誤解を生むわけで。
わたしの世話をしてるコリンは、そういうことになってないことを知っているけど、そうじゃない人たちからは、「陛下熱愛っ!」という困ったウワサを流される。
まあ、朝まで一緒にいたら、そうなるよね。
やってることが、政治に関する意見の交換であっても。
楽しいのだけど、流れるウワサを考えると、結構迷惑かもしれない。
一応、陛下には、それとなく伝えるには伝えた。
夜に話をするのは悪くないけど、できれば、別室で寝てほしいこと。わたし以外の皇妃候補をとっとと探すこと。
それがお互いのためだし、ローレンシア皇国のためだと伝えたんだけど。
「姫は、私に愛する人と眠る権利を許してはくれないのかな」
だーかーらー。
わたし=愛する人っていうの、いい加減やめてくれないかな。
それが一番、迷惑なんだってば。
わたしは、ローレンシア皇国とベルティアの橋渡し。外交官。それ以上でもそれ以下でもないんだってば!




