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帝都グレイシアの街道に残る氷が割れ、屋根の氷柱がぽたぽたと音を立てる。春の始まりを告げる音だ。
――なのに、俺たちの懐には依然としてすきま風が吹いていた。
周りくどい言い方はやめる。率直に言うと、財布が息絶えそうなのである。
遡ること一週間前。
俺たちは北方戦線で魔王軍の補給拠点を焼き、立ちはだかった魔王軍五将が一人――砕嶽のグラヴェインを落とした。
戦果は申し分ない。帝都に戻れば、少しくらいは財布が潤うと思っていた。
だが宮廷で渡されたのは、やたら立派な表彰状と、やけに軽い麻袋。
「帝都は財政難でな」と王は苦笑いし、「代わりに感謝の宴を」と言葉を重ねた。
感謝は嬉しい。だが、剣は感謝では研げないし、折れた杖も直らない。
しかも次に越える峠は、魔王軍の本流が押さえる要衝だ。
装備は今回の戦いでほとんど寿命を迎えている。武具一式を新調するとなれば相当の資金がいる。もちろん、その間の食費も宿代もかさむ。
ついてきてくれる仲間たちは、自由でちょっと癖はあるが、根はみんな優しい。だからこそ焦る。誰かが無理して命を落とすなんて、絶対に嫌だ。
早く進めば人々の被害は減る。だが装備を妥協すれば、仲間の命を軽く見積もることになる。
時間は最小限に、稼ぎはできるだけ多く。どうにかして軍資金を増やさなければ。
カジノ? いや、夢みがちすぎる。
斡旋所で魔物討伐の依頼を受ける? いいや、戦いでみんな消耗している。これ以上の無理はさせられない。
大道芸――無理無理無理! 絶対なし!
そんなことを悶々と考えながら雪解け水の筋を跨いでいると、酒場の壁に貼られた、やたら毒々しい張り紙が目に入った。
《完食者に賞金10万モート! “サラマンダー麻婆豆腐・地獄仕立て” 挑戦者求む‼︎(※牛乳・ガムシロップ・治癒魔法使用禁止‼︎)》
「じゅっ――⁉︎」
10万、だと。
思わず張り紙に壁ドンした。
目を細めて桁を何度も確認する。……見間違いじゃない。ほんとに10万だ。
これだ。今の財布事情を救うには、これしかない。
……ただし、問題がひとつ。
俺は、激辛が壊滅的に苦手だ。
けど――10万モート。
それだけあれば、全員分の質の良い防具も、戦士の傷んだ槍も、神官と魔法使いの折れた杖も、弓使いの矢筒も、武闘家の手甲も全て賄える。
喉から手が出るほど欲しい軍資金が目の前にぶら下がっているとなると、素通りなんてできない。
とりあえず店の前まで行って決めようと、張り紙の矢印が示す路地の奥へ。
細い通りの先に、臙脂色の暖簾がかかった年季の入った店を見つけた。
香辛料の香りか、店の前だけで鼻の奥がツンとするような……気のせいだろうか。
扉を開けるか迷っていると、暖簾をかき分けて二人組の男がよろよろと飛び出してきた。
「み、水……水ッ……うぼえッ」
「お、俺のひた、ひたが……っ」
片や顔面真っ赤で涙と鼻水を垂らし、片や唇を火傷と見紛うほどに腫らしている。
あれってもしかしなくても挑戦者では……。
「……あれはやばいだろ」
心の声がダダ漏れた。
――やはり引き返すべき、という理性と、10万モートへの欲望が、胸の内で押し相撲を始める。
「まったく。大量に残していきやがって。おーい! お前ら帰りに胃薬でも買って帰れ! 後が酷いぞ!」
いやいや早まるな……宿屋まで帰って一度冷静になるべきだ――と理性が一歩リードしかけた、その時。
二人の客を追うようにして、店主らしいドワーフの親父が腕組みをして出てきた。
「ん? なに突っ立ってやがる。はやく中に入れ」
「……え、いや……」
「あん? 食うだろ。入れはやく」
踵を返す前に扉を開けられ、強引に背中を押される。
あー……退路が絶たれた。




