4
くう……、一口がだんだん重くなってきた。口の中がパサついて水分を奪われるのも地味に辛い。
脇に置かれたアイスティーで今すぐ喉を潤したいところだが、これを飲めば食べたパイが水分を吸収して一気に胃袋が苦しくなるはず。
安易に手を伸ばすのは、自殺行為に等しい。
一位の王者は十八皿目を積み上げた。俺は、やっとここで十二皿目、もうすでにチェリーパイは直視したくない。やっぱり勝ち目ないだろこれ⁉︎
「おおーーーっと⁉︎ ここで大食いプリンスがスピードアップか⁉︎ 一気にキングに追いついたァァアアアアーーーーッ‼︎」
司会のシャウトと共に会場が沸き立つ。
思わず視線をずらす。隣席の大食いプリンスが、脅威のスピードでパイを食べ――いやこれは、飲んでいる⁉︎
俺と同様にキングの方も気を取られたか手が止まる。
「大食いプリンス! とんでもない勢いで今、遂にキングを追い抜いたああああああああ! キング! 動揺したか手が動かないぃいい! すごい、すごいぞ大食いプリンス! このまま一位を爆走するのかあああああああ――⁉︎」
ガチャンと、大食いプリンスが二十皿目を叩きつける。
「フッ……この程度、王都では朝飯前――ッ、ぐふッ」
勝ち誇ったように口角を上げ、そのまま次の皿へ手を伸ばした。
瞬間。
爽やかな笑顔がみるみるうちに青ざめ、喉元を慌てて叩きまくったかと思えば、白眼を剥き、彼は椅子ごと派手にひっくり返った。
「おいやべえぞ! 詰まらせたんだ!」
「背中叩け、背中!」
「救護班! 救護班んんんんんッ!」
男衆がどたばたと駆け寄り、痙攣する大食いプリンスをそのまま担架に乗せ救護テントへ運んでいく。
「王都の期待の星、ここでまさかの流れ星ィィィィイイイ! 無念のリタイアだああああああああああッ!」
な、流れ星って……縁起でもない。
プリンスのまさかの退場に会場は騒然とするも、王者の手だけは止まっていない。
無表情のまま着実に皿を空にしていく。
というか……これって。
「さァ! これで勝負は実質一騎打ち! 残るはハーヴェルの王者と、飛び入り参加の街道の英雄! 残り時間は三分! 差は依然として大きいィィィィィッ!」
大きいどころじゃない。
俺がようやく十四皿目を片づけたところで、向こうはとっくに二十一だ。
残り三分で七皿差……。
さっきまで美しいと思っていたチェリーパイが、今はもう、にこやかに牙を剥く魔物にも見えてくる。
きつ、過ぎる……、胃は既に限界を迎えつつある。
少し前に食べた、激辛マーボーとどっちが地獄だ。いや、あれはまた別次元の辛さだった。
うう……っぷ。
パイを一口齧るのもしんどくなってきた。
「はっ、」
そんな俺を嘲笑うように、真横で鼻で笑う声がした。
視線を上げると、王者が乱暴に皿を置きながら冷ややかな笑みをこちらに向けていた。
「少しは歯応えのある勝負になるかと思ったが、残ったのがこんな、××××(結構な悪口)とは……つまらない勝負だ」
な――、
「お前は、卓についた時から勝負に負けてるぜ。フードファイターの眼をしていないからな。なんのためにそこに座っているかは知らねえが、××××は××××(相当な悪口)らしく、せいぜい残り時間で俺のウィナーを盛りあげるために格好悪く足掻いてくれよ、×××(文字にし難い下品な言葉)」
大陸の下品極まりない言葉を並べた安い挑発。
そんなの間に受けたところで、こちらになんのメリットもない。
普段の俺なら受け流していた。受け流せていた。だが。
「――さっぎがら黙っで聞いでらば、舐めどんでねぇど」
頭のどこかで、なにかが千切れた音がした。
口角が自然と引きつり、普段恥ずかしくて口にするのを避けていた故郷のきっつい訛りが飛び出す。
確かに俺は、この場に相応しくない。向こうが言うことはごもっともだ。
恥も見栄もかなぐり捨てられていなかった。
それも捨てずにこの場にいたことは、正々堂々の勝負を望んでいた側にとっては腹立たしいことだっただろう。
それでも、
俺は、テーブルの上の拳を握り、冷静になるべく今一度深く呼吸を整え、次の一切れを口に押し込む。
無駄な足掻きになろうと負けられない。
勝ちが欲しい理由は、ここに居る人間の中で人一倍だと胸を張れる。
なんのために座ってるって――そんなの、ただ一つだ。
戦士の顔を思い浮かべる。
身を挺して守ってくれた戦士に俺ができることなんて、
これぐらいしかないんだ――。
諦めたくない――‼
腹の底に意地という火がつき、燃えあがった瞬間だった。
「おおっとォォォォォ⁉︎ 街道の英雄、王者の挑発に反応したかと思えば、ここで勝負に出たああああああああああ‼︎」
「兄ちゃんいけ! まだ勝てるぞ!」
「いいぞやれーッ!」
耳に入る歓声が遠くに感じる。
目の前の皿だけを見て、ひたすらに口を動かす。
気づけば十六、十七、十八と。
皿が積み上がる速度が、自分でもおかしいくらいに上がっていく。
「残り一分ッ! 王者、二十五皿! 英雄は二十二皿! 差はわずか三皿だァァァアアア!」
「食らいついてるぞ、あの兄ちゃん!」
「さっきまで死にそうな顔してたのに!」
王者も流石に表情を変え、さっきまでの余裕を消してパイを詰め込んでいる。
速い。
だが、こっちも止まれない。
「残り二十秒! 王者、二十八皿! 英雄、二十六皿! ここでまさかの覚醒だああああああああああ! なんというデッドヒート! 熱い! 熱すぎるぞこの戦い! いまだかつてこんな激アツの勝負は見たことがないいいいいいいいいいい‼︎」
会場が燃えるように沸く。
「いけええええええッ‼︎」
「逃げ切れキングーーーーー‼︎」
「負けるなァァァアアア‼︎」
「どっちだどっちだァア⁉︎」
残り十秒、王者が二十九皿目を叩きつける。
俺も、遅れて二十八皿目に手を伸ばす。
もう甘いとか上品だとか言ってる場合じゃない。
それでも、サクサクと砕ける生地の音だけを聞きながら、なんとか飲み下す。
向こうも苦しいのか、ハァハァと肩を上下させ、動きが鈍っているのがわかる。
ここだ――、追い上げろ。
喉から下の感覚を遮断しろ。
今だけでいい。今だけ。
一皿でも、一口でも多く――‼︎
「残り五秒! 四ッ! 三ッ! 二ィィ! 一ィィィィィィイイイイイッ――――‼︎」
司会のカウントダウンが終わると共に、客席の人々が一斉に立ち上がり、晴天に花火のような歓声が打ち上がった。




