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――遡ること、数時間前。
港から馬車を乗り継ぎ、途中で旅商人と交渉をして近道を教えてもらい、数日かけてようやく中央大陸――王都近郊まで戻ってきた。
やっと帰れる。王都の方角を示す立て看板を眺め、歩き出そうとしたその時だった。
街道脇から女性の悲鳴が上がる。
視線を向ければ、一台の荷馬車が、はぐれゴブリンの集団に襲われていた。
数匹が馬に齧りつき、棍棒を振り回して荷台の積荷を引っさらおうとしている。
はぐれゴブリンは、群れから追い出された個体の集まり。粗末な身なりで常に飢えているため、昼間でも構わず小さな村や荷馬車を襲う。
駆け出しの冒険者でも油断しなければ仕留められるレベルだが、武器を持たない一般人じゃあ荷が重い。
俺は指笛で注意を引きつけ、振り返ったゴブリンどもの群れへと飛び込む。
聖剣を抜くまでもない、師匠に仕込まれたばかりの投げ技で、片っ端から地面に転がしていった。
「た、助かった……!」
「ありがとうございます、本当に、本当にッ……!」
「いいえ。怪我がなくてなによりです。積荷も、思ったほど被害が少なそうですし」
その後、何度も頭を下げる壮年の男女に素っ気なく言葉を返し、「……それじゃあ、俺はこれで」と体を反転させると、二人は慌てて声を上げた。
「ああッ! お兄さん待って!」
「……はい?」
「チェリーパイはお好き?」
……ん?
「はい、まあ……人並み程度には」
そう答えると、男女は嬉しそうに視線を交わした。
「これから我々の村で豊穣の神精霊ノームへ感謝を捧げる豊作祭りを行うんです! 今年はダークジュエルという特産のチェリーが大豊作で、チェリーパイを山ほど焼いてましてね!」
「小さな村のささやかなお祭りですが、よければお礼に、好きなだけ食べていってくださいませんか?」
「好きなだけ?」
ピタ、と足が止まった。
「ええ、はい! それはもう、お好きなだけ!」
「村は馬車ですぐそこですし、今年は“参加者”が特に少なくて……、せっかくのチェリーパイを余らせてしまいそうですし、ぜひぜひ!」
などと言われ。
ま……まあ、小さな村の祭りならそんなに騒がしさはないだろうし……。
隅っこでちょっと食べさせてもらって、すぐに王都に向かえば、日暮までには仲間たちとは合流できるだろう。
少しくらいなら……。
などとタカを括って。
のこのこ着いていき。
今ここだ。
村に着き、村人たちに大袈裟に歓迎され、「良かった! これで大会は大盛り上がりだ!」などと小耳に挟み、なんのことかと首を傾げている間に、広場中央の長テーブルの隅の席に座らされ……気がついたら、といった具合である。
まさか。いやまさかそんな。
好きなだけ食べさせてくれる=大食い大会に出場させられるなんて、普通誰も思わないだろう。
「それでは改めまして、イカした出場者の紹介だァーーーッ!」
会場は大いに盛り上がっている。
もうこれは引き返すタイミングを完全に逃したというやつだ。
注目を少しでも避けるべく外套のフードを被って視線を落とす。
「まずは向かって右から、エントリーNo.1! 底なしの胃袋を持つ男! 三連覇達成なるか⁉︎ 我らがハーヴェル村、絶対無敵の最強王者だあああああああああッ!」
向かって左の大男が、組んだ腕を解いて拳を突き上げる。
観客席から歓声と声援が飛び交う。
オーラが違うと思っていたが、やはり優勝者だった。
というかすでに二年連続優勝ってことか……凄いな。
張り合う気は毛頭ないが、見た目からしてもう勝負はついている気がする。
「エントリーNo.2! 今回のダークホース! 甘いもの大好きは伊達じゃない⁉︎ 食堂のおばちゃんんんんんんんんッ!」
「どうぞお手柔らかに」と、しとやかに一礼するおばちゃん。
「エントリーNo.3! 王都から参戦! 狙うは王座! 巻き起こせるのかハリケーン! 甘いマスクの大食いプリンスーーーーーーッ!」
すぐ隣の派手な衣装の男が、前髪を払ってきらりと笑う。
王都の大食いプリンス……聞いたことないな。まあ、戦う畑が違うからなあ……。
「そしてエントリーNo.4! 本日の飛び入り参加! 突如流星のごとく現れたスペシャルなゲスト! 街道の英雄、旅の剣士ーーーーーーーーーーッ!」
飛んできた歓声の熱さに怯む。
うおおお、やめてくれ……そんな期待に満ちた目で見ないで……むり。
「それではここでシンプルなルール説明! 切り分けられたチェリーパイを食べ、皿が空になれば次の一皿が運ばれる! 制限時間内にもっとも多く皿を積み上げた腹ペコ野郎が優勝だああああああ! 母なる大地に恵みをもたらす神精霊ノームに感謝しながら、正々堂々と勝負してくれえええええええええ!」
四大神精霊のノームもまさか、祭りの余興で大食いバトルが繰り広げられるとは思いもよらなかっただろう。
というか、手の内が尋常じゃなく汗ばんできたぞ。ほんとうに帰りたいんだが。
開始間近でウッキウキな村人たちには悪いが、世の中には適材適所というものがある。
やはりここは早々に辞退するべき――。
「――そして皆さまお待ちかね! 今年の優勝賞品はこちらァーーッ!」
司会が真横の台座を覆っていた布を取り払う。
「賞金5万モート! さらに今回は副賞としてぇえええ! 村長の汚い納屋の底から偶然発掘された! 希少金属――アダマントゥスの一塊だああああああああ!」
……は……?
は――⁉︎
思わず、露わになった台座の上を二度見、三度見、四度見する。
「鍛冶屋に持って行って農具に加工してもらえば、もう夜道で魔物に怯える心配はなし! 売っても多分すごい! そして、使い方がいまいち分からないなら、漬け物石にもできちゃう! とにかく全体的に硬くて丈夫な、スゴい石です――!」
な、な……なっ……。
なんちゅう無茶苦茶な説明だ――⁉︎
というかアダマントゥス。
アダマントゥスって言った?
聞き間違いじゃなきゃ、一流の商人や武具屋なら目の色を変えて欲しがる、王都でもそう簡単には出回らない希少価値の高い素材だ。
それを……全体的に硬くて丈夫なスゴい石って……漬け物石って…………いや、突っ込むべきところはそこじゃない。
もし優勝者にそれが贈呈されるなら、とんでもないことだ。
「スゴい石!」、「まあ、綺麗だわぁ」などと口々に言う、村の人たちはさておき、出場する面々がどこまでその金属塊の価値を理解しているかは定かではないが、少なくとも俺にとっては、賞金の5万モートなんか霞むくらいに価値のある代物だった。
夜の海のような深い青色に、金属特有の鈍い光沢……。
間違いない……本物だ。
緊張など忘れて息を呑む。
ほしい……あれが、どうしても欲しい──。
戦士の槍と鎧――あれらは先の戦いで修復困難な状態になってしまった。
装備を整え直すには、質のいい素材が一つでも多く要る。
アダマントゥスが手に入れば……戦士の装備はなんとかできる。
これは蔑ろにできない問題だ――。
膝上の拳を握り込み、目の前の山盛りのパイへ視線を戻したと同時に、
「それではお待たせしました! チェリーパイ大食い大会ッ、スタァーーーーーートッ!」
開始の鐘が鳴らされた。




