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人見知り勇者さんは、今日もどこかでぼっち飯。  作者: 天野 肇
2食目 ふわとろスフレパンケーキ、マンドレイクハニーを添えて

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 どっと疲れた。


 ぶはっと息を吐いて、宿屋のベッドに豪快に沈み込む。

 体が石化したみたいに重い。靴を脱ぐのも、防具を外すのも億劫。もう指一本動かす気力もない。


 なぜこんな腑抜けになっているのか。その理由は――王様の無茶振りだった。


 ひと月前。

「姫が魔王軍に攫《さら》われた! 勇者よ、頼む!」

 その一言で始まった、地獄みたいな長旅。


 大陸を横断し、山を越え、谷を越え――中略。

 北方の辺境に根城を構える魔王軍五将が一人、氷牢(ひょうろう)のベディヴェールを凍えながら討伐。

 奥の間で、呪いで氷漬けにされた姫を発見。

 魔法使いと神官が二人がかりで解呪を試みたが、これがびくともしない。

 仕方なく王都ユグドラムへ連れ帰るため、再び大陸を横断。中略。


 氷像の姫を差し出して王様に報告すれば、今度はこうだ。


「氷の呪いを解くには、神精霊(しんせいれい)イフリートの力が必要だ! 勇者! 頼まれてくれるな!」


 まじか……。


 そこから南方へ海路を渡り、火山地帯で神精霊・業火《ごうか》のイフリートと契約。

 灼熱の試練にパーティ諸共ウェルダンになりながら、またも王都へ戻る。


 ようやく呪いは解け、姫も無事に笑顔を取り戻した――までは良かった。


 問題はそのあとだ。王様が玉座から立ち上がって、堂々とこう言い放った。


「よくぞ救ってくれた勇者よ! 褒美として姫を妻に迎えるがよい!」


 ……俺の気力がゼロになった瞬間だった。


 いや……、ありがたい。光栄だ。

 でもな、そういうのはもっと……他に適任がいるだろうが。

 こっちは人見知りで、日陰に生えた草みたいな勇者だぞ。やめてくれ。婚約イベントなんて、最上級クエストもいいところだ。死んでしまう。


 連日の戦闘、地道な探索、大陸海路往復の長旅、疲労と困惑でよろけているところを、ノリも頭も軽い弓使いが「いいんじゃね? いつ戦死するかもわからないし。今のうちに跡継ぎ作っとくのも」とかわけのわからないことを言い出した結果――


 ついに俺は卒倒。

 宿屋に担ぎ込まれ、今に至る。


 幸い、縁談については賢い神官がやんわり話を逸らしてくれたらしい。

 戦士がさっき教えてくれたので、まあ多分、逃げ切れたと思っていいだろう。



 ああ……ようやく終わった。

 やっと静かになった。


「いぐらなんでも、結婚はねぇど……」


 気が抜け過ぎて、つい故郷の独特な訛《なま》りが漏れる。


 田舎臭さ丸出しが恥ずかしくて、普段は標準語で話すように心がけているのだが、消耗しきっていたり、気が抜けてると舌が緩む。


 天井の木目をぼんやり眺めながら、しばらく無になり、寝返りを打ち、ため息を吐き。


 「糖分だべ……」


 無意識に口走った。



 ゆっくりと体を起こし、外套《がいとう》を羽織る。

 防具の金具がカチリと鳴って床に落ちていく。

 動くだけで体が悲鳴を上げるが、もう構っていられない。

 それよりも遥かに強い意志が、脳を牛耳《ぎゅうじ》っていた。


 足を引きずりながら、宿屋の廊下を進む。ふらふらと、まるでゾンビ。

 脳内で「糖分……糖分……」と呟きながら階段を降りた。


 途中、隣の部屋の扉が軋む音がした。ひょこっと顔を出したのは、神官と戦士。


「勇者さん、大丈夫ですか……?」

「顔色やばいっすよ。魂抜けてません?」


 俺は無言で親指を立てた。たぶん笑顔を作ったつもりだったが、顔面が死んでるのは自覚している。


「どこ行くんです?」

「……ちょっとそこまで」

「えっ、まさか、また⁉︎」


「……体が、糖分と契約したがってるから」


 しばしの沈黙。神官が小さくため息をつく。


「……疲れすぎて逆に覚醒しちゃってますね」

「ついて行った方がいいんじゃないですか?」


 心配を口にする戦士に、神官が首を横に振る。


「ほっときましょう。いつものことですので」


 二人の視線を背に受けながら、俺は無言で階段を降りた。その足取りは、まさしく“糖分を求め彷徨う亡者”のようだった。

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