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日が落ちかけてもまだ活気が残る港町の市場。
魚を捌く音。貝を測る音。屋台の煙。あちこちから客を呼び込む商人の声。行き交う人々。
この雑多さも久しぶりに感じる。
しばらく周囲の声に耳を澄ませてみたが、直近で魔王軍が目立った動きをした気配はない。
それに、少しだけ肩の力が抜けた
「やあ、一つどうだい。安くしとくよ」
「こっちのも見ていっとくれよ。さっき獲れたばかりの上物だよ」
焼き魚の香ばしい匂いに足を止め。次いで大鍋に溢れるほどの貝汁の湯気に心が揺れる。
港町といったら海産物。ここでしか食べられないものがあるんじゃないかと、ついつい前のめりになってしまう。
もう今日は適当に腹に収めて寝てしまえと思っていたくせに。いざ一人でなにを食おうか選ぶとなるとこうだ。
脳内の仲間たち(特に神官)が一様に呆れ顔を浮かべる。
と……とはいえ、明日は早いし、帰路は長い。魔物との戦闘、ましてや魔王軍との鉢合わせも可能性としては充分にある。
今晩は何か精のつくものを食べて、少しでも体力を回復させるのも、先を急ぐ者の務め。
などと考えていると、ジュウジュウと耳障りの良い鉄板の音に視線を誘導される。
わあ……あっちの屋台、貝から削ぎ落としたパールオイスターを熱々の鉄板の上で焼きつけている。
味付けは、バター醤油……いや、これ絶対美味いやつ。
はち切れんばかりに育った大粒のオイスターに焼き色が付くと、青々とした刻みネギが上から散らされる。
あんなん炊き立ての白飯の上に乗せたら。何杯いけるんだろうか。
「半熟卵を上に乗せたり、レモンを少し垂らして食べるとまた美味いよ」
俺の視線に気づいた屋台の親父がニヤリと誘い文句を放つ。
ぐらりと、誘われるままに足を前に出すと。
と、真後ろから複数の声に呼び止められる。
「ちょっとお兄ちゃん! こっちの海鮮焼きそばも出来立てだよ! 今なら大盛りサービスしとくよ!」
「なに言ってんだ! 今日の晩飯といったらスカーレットロブスターのクリームコロッケだ! 一個食ってみろ! ぶっ飛ぶぞ!」
「おいおい! せっかく来たのに、ダイオウマグロのステーキ串も食べずに帰らないでくれよ! 今晩のおかずにピッタリだからさ!」
気がつくと、こっちに寄ってくれと屋台の主達が身を乗り出して口々に誘ってくる。
そんなに俺は物欲しそうな顔で彷徨っていたのか、というか四方から向けられる視線に、久々に体が強張る。
うわ。や、やめて、注目しないで――。
顔面がブワッと熱くなり、俺は衝動的に外套のフードを深く被り、足早に屋台の連なりから離れる。
……思わず逃げてきてしまった。
ああ、もう少しで決まりかけてたんだけどなあ、でももう一度戻るのもなんか恥ずかしいしなあ……。
仕方ない、新しい店探すか……。
惜しいことしたと、顔面の熱を冷ましながら再び歩き出すと、不意に聞き覚えのある声が耳に引っかかった。
「ほんとに、この“魔避けの外套”が1万モートでいいんですか⁉︎」
お?
数歩先の雑貨屋の前。旅装の若い青年が、店先に吊るされた紅い外套を指差していた。
見覚えのある背中の剣に、活発そうな面立ち。南大陸の砂漠の街で出会った、あの駆け出し冒険者だ。
妙な縁もあるもんだな、と足を止める。
「帝都で見かけた時は、5万モートもしたのに!」
「ええ。本来なら5万から7万モートはする代物ですが、うちは特殊なルートから仕入れておりますのでね。ホホホ!」
樽のような体つきの商人が、人の良さそうな笑みで紅い外套を広げる。
「レッドドラゴンの血で染めたこの外套さえあれば、並の魔物はまず寄ってきませんよ!」
……実に胡散臭い。というか、あれは完全に……。うん。
どうかこのまま、彼が考え直して立ち去ってくれれば――と淡い望みを抱いたが。
商人に乗せられ、彼はついに財布を取り出してしまう。
俺は小さくため息をつき、フードをさらに深く被った。こういうの、ほんと柄じゃないんだけど。さすがに、素通りはできない。
「ではでは、外套一着、1万モートのお買い上げに――」
「随分と、阿漕な商売してますね」




