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人見知り勇者さんは、今日もどこかでぼっち飯。  作者: 天野 肇
11食目 冥峰の主と、極上ジビエハンバーグ。【前編】

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3

 

 ニッコリと圧をかけられた数刻後。

 俺は師匠に連れられ、濃霧《のうむ》漂う険しい山道を歩いていた。

 高台のような岩場の上から振り返ると、龍神族の里が小さく霞んで見える。


 里の背後に鎮座する冥峰《めいほう》――大陸では、“禁域”とされ、古くから人の立ち入りを固く禁じられている山で、俺も入るのは初めてだった。


「さて、ここいらで良いじゃろう。……ほれ、勇者よ」


 岩場に腰を下ろした師匠は、紙切れ一枚を俺に差し出す。


「そこに記してある“もの”を全て入手できれば下山を許可する――以上。解散」

「いや……ちょっ⁉」


 困惑を示しても師匠はそれ以上を説明する気がないらしく、スタスタとその場を離れ濃霧に身を隠していく。


「この冥峰は、あの世と繋がっているとも言われておる。己を見失いし者は簡単に喰われてしまうじゃろう。心して征《ゆ》くがいい」


 崖の底から吹き返す風が、異様に冷たい。

 空を覆う霧と深い木々、まだ昼過ぎなのに、まるで異界に迷い込んだような不穏な景色が広がる。


 ごくりと喉を鳴らし、師匠に渡された紙切れを開いてみる。


 ・きのこ(食えるもの)

 ・山菜(適量)

 ・肉(多ければ多いほど良し)


 追伸 日暮れまでには戻れ。



「お使いじゃねえか――‼︎」


 頭冷やせって、これのどこが。なんか良いように扱き使いたかっただけじゃないのか。

 師匠は本当によくわからない……。


 肩を落とし、暗く足場の悪い道を歩きながらため息を吐く。


 まあ……でも、師匠相手に反論するなんて、初めてだったな。

 今思えば、どこで杖の一撃が飛んでくるか予測できない緊張と、思ったとしても畏れ多さでそんな気すら起せないのが、いつもの俺だ。


 ふと立ち止まり、荷袋から食べずにいた蒸しパンを取り出し、小さく齧ってみる。


 …………やっぱり。


「……味がしない……」


 いくら食べても。なにを食べても。心が、動かない。

 俺を癒してくれた食事の味が、よくわからない。

 故に今は、食事を摂ることさえ億劫に感じている。




「……戦士」


 まだ、お前は王宮の白い治療室で眠り続けているのか。


 俺は……こんなところで、


「一体、なにしてるんだろうな――」


 ふと、

 なにか、ただならぬ気配を感じて、足を止める。


 なんだ…………。なにかがいる。


 姿勢を低くして身構える。視界が濃霧で遮られ、音もない、でも……。


 霧に混じって……流れてくる、微かな獣臭さと、腐臭の……。



 これは――


 殺気。


 見上げると、枯れ枝に串刺しにされた雄鹿の屍が真上で揺れている。


 いや――、枯れ枝じゃない。

 鹿が貫かれているのは、枝ではなく――角だ。


 霧が静かに薄れ、巨大な影が後退する俺を覆っていく。


 黒褐色の体毛。流木のように幾重にも枝分かれした二対の角。

 死臭を帯びた牙を剥き、涎を垂らしてこちらを見下ろしているのは――熊めいた巨躯の、見たこともない魔物だった。



 反射的に聖剣に指をかけ、間合いを取ろうとする。


 だが――


 こちらが動くより先に岩石のような爪が横薙ぎに振るわれ、俺の体は巨木へと叩きつけられた。


「ッあ――」


 衝撃で視界が、脳がぐらりと揺れる。

 重く、全身の骨が軋んだ。


 何が起きたのか理解するより先に、


 目の前が赤く染まった。

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