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戦士たちと夜の森でシチューを囲んだあの夜から二週間。
あの後、想定よりも早く俺たちは魔王軍五将の一人と戦闘を余儀なくされた。
南の都での激闘を経て、今回も苦戦を強いられると覚悟はしていた。
だが、
単身で奇襲を仕掛けてきたそいつを見た瞬間、背筋が凍りついた。できることなら、二度と会いたくない相手だった。
携えた蛇腹剣で木々を薙ぎ倒しながら現れた五将――血鎖のモルドレイド。
「おや? 《《新しい》》戦士が補充されていますねェ」
ふざけた口調に、道化師のような様相の魔族は、聞き違いじゃなければ、舐めるような視線を向けてそう言った。
思い出したくもない記憶が脳内を満たす。呼吸が浅くなり、聖剣を構える速度が一瞬鈍る。
手下も連れず、俺たち六人を一人で相手取るなど、常識で考えれば無謀だが、五将の二番手となるこいつには、その常識が通用しない。
瞬く間に後衛が蹴散らされ、奴の刃が俺を捕える。
防戦一方。弓使いと武闘家の援護を袖にしながら執拗に、追い詰めてくる。
攻撃の嵐を防ぎきれず膝をつけば、蛇腹剣は更なる追い討ちをかけるべく空中で分解した。
ワイヤーで繋がれた刃が獲物を喰らう蛇のようにうねり、死角へ飛んでくる。
「下がれッ!」
避けきれないと、受けることを覚悟した時、槍を構えた戦士が割って入った。
あの日と全く同じ構図だった。
否、奴は最初からそれを狙っていた――。
「やめ――」
気づいた時には何もかもが遅く、蛇の如き刃は鎧ごと戦士の全身を抉った。
槍が砕け、
血飛沫と共に倒れる戦士。
俺の戦意を曇らせるのに充分な光景だった。
神官の防護魔法の発動があと数秒遅れていれば、きっとそこまでだっただろう。
続けざまに魔法使いが氷塊の雨を降らせ、弓使いと武闘家が渾身の追撃を重ねたことで、ようやく奴の動きが鈍る。
「嗚呼……、何度見ても勇者様のその表情、唆りますねェ」
蛇腹剣を鞘に納めたモルドレイドは、嘲るように言い残して姿を消した。
それから、瀕死の戦士を救うべく、俺たちは神官の転移魔法で急ぎ王都へと帰還した。
王様の助力で王宮の治癒師たちが総出で戦士の治療に当たったが、本来ならその場で死んでいるほどの重傷、かろうじて生きているが、期待はしない方がいい。
治癒師たちの言葉どおり、戦闘から一週間が経っても、戦士は依然として目覚めることはなく。
魔法使いと神官も、彼らに混じってありったけの魔力を朝から晩まで彼に注ぎ続けたが現状は変わらず。時間だけが無意味に過ぎていった。
このまま、見守ることが俺にできることなのか。
そんなわけない――。
俺が不甲斐ないから戦士はこうなった。
このままではいけない、絶対に──。
拳を固め、そんな葛藤を幾度も繰り返した末に、仲間たちに戦士を任せ、俺は王都を離れることを決めた。
向かう先は、大陸から遠く離れた最東端の龍域――龍神族の里。
聖剣に選ばれてから王都に召集されるまでの一年、俺を農民から勇者へと導いた師匠のもとへ。
「――で、必ず強くなって仲間のもとに舞い戻ると決意したはいいが。この老いぼれから百戦中一度も一本取れずに地面に転がされまくっておる、今のお気持ちとはどんなもんじゃの?」
相変わらずのふざけた煽りを披露しながら、師匠はのしたばかりの俺の眼前にしゃがみ込む。
平だった修練用の庭は今や歪な穴だらけだ。
「っ……ぐ……」
知ってはいたが、やはりこの人はとんでもない……。
ここまで、魔王軍の最高戦力のうち三柱を倒してきた。その戦歴に驕っていたわけではないが、渡り合えずとも少しは動きについていけると踏んでいたのだが。
全くもって甘かった。
何度挑もうと、聖剣が師匠に届くことはなく、気がつけばこちらが追い詰められる側になっている。
細かに戦法を変えてみるも無駄。心の中を覗かれているかのように、全ての攻撃が容易く受け流される。
だいたい、伝説の聖剣相手にその辺の雑貨屋で安売りされている『ひのきの杖』で対応するって頭おかしい。
しかも、武器というより玩具同然の杖に、微粒子レベルの緻密な魔力操作で魔力を流し込み、魔剣クラスの一振りにまでセルフ強化しているのだから、殴られたらそれはもう冗談じゃないほどに痛いわけで。
強くなるどころか、この数日間、バキバキに叩き転がされているだけで終わっている。
その事実に、じわじわと焦りが募る。
土を掴み、軋む体を起こして俺は地面に刺さった聖剣を抜く。
「もう一度、お願いします」
「んん? まあ儂は一向に構わんが、どうせあと二百戦、三百戦やろうと結果は変わらんじゃろうて」
ああー暇じゃのー。と耳の奥をほじくるその様に、流石の俺もイラッとしてくる。
事実なのかもしれない。
だとしても、「じゃあ辞めます」と引き下がれるほど、軽い気持ちで教えを乞うているわけではない。
「次こそは、あなたから一本をせしめます」
「威勢が良いのは結構。時に勇者よ、一つ気になるのじゃが、お主ここに来て数日、何のために剣を振っておるのだ?」
「ッハァ⁉︎」
可愛い顔で首を傾げられて思わず叫ぶ。
いや、ちょっと待て。
「そんなの、鍛錬のため、今より強くなるために決まっているじゃないですか! 何を当たり前なこと――」
「ほんとうに?」
は?
「仲間のために強くなりたい。そのために剣を振る、その心は真か?」
「何が言いたいんですか……」
俺を見上げていた龍の瞳がひやりと細められる。
「なに。儂にはただ、その心意気は程の良い言い訳で、お主が無力な己を拒絶し、過去の影に怯え、がむしゃらに剣を振り回しているようにしか見えんでな」
心臓を、鷲掴みにされたような感覚が駆け抜ける。
「それは……っ」
否定したい。でも上手く言葉にならない。
俺は……、
正午を知らせる鈴の音が里に響く。
師匠はしばらく黙ってこちらを見つめていたが、やがて肩をすくめて、広い袖の奥をまさぐり出した。
「もうよい。そんなことより昼時じゃ、暫し休むとしようかの。さしものお主も腹ペコじゃろう」
そう言って俺の方に布包みを放って寄越す。
中を見ると、まだほんのり暖かい蒸しパンが二つ入っていた。
酒で蒸しあげたもちもちの生地の中には棘生姜、数種類の山菜の刻み、スパイス、甘辛い里味噌を混ぜ合わせた餡がぎっしり詰まっている。
龍神族の伝統的な家庭料理だ。
勇者修行の頃、扱かれた後に何度も食べた、腹持ちも味も満足な一品だ。
「遠慮せずにたんと食え」
「……」
懐かしい香りに、涎が出る……かと思ったが。
俺は開いた布をもう一度閉じて元の状態にに戻す。
「やっぱり、やめときます」
「なんじゃと? お主これが好きじゃったろうに、なぜ食わぬ」
喜んでかぶりつくと思われていたのか。ものすごく驚いた顔をされる。
「いや、今はなんていうか、……腹減ってないっていうか。食べたくないと……いいます、ガッ――」
言い切る前にひのきの杖の重い一撃が脳天を貫く。
いっっっったいッ……。
一体全体、何故。
俺が今何をしたというのか。
「勇者。お主、思った以上に重症じゃの」
そして何故か、哀れんだような眼差しを向けてくる師匠。
もう訳がわからない。
「今のお主に儂がしてやれることはない。手に負えんという意味じゃ。餓鬼のように無様に剣を振り回す前に、まずはその頭を冷やせ――」




