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人見知り勇者さんは、今日もどこかでぼっち飯。  作者: 天野 肇
10食目 月光キノコのシチューと、眠れぬ夜。

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2

 帝都近郊の駐屯地。

 魔王軍の幹部率いる襲撃部隊を迎え撃ったはずの兵団は――俺たちが駆けつけた頃には、すでに壊滅していた。


 焦げた木柵、崩れた詰所。

 砕けた武具、魔物の死骸。

 苦しみ呻く者、動かぬ者。


 生き残った兵はほんの僅か。

 誰もが虚ろな目をして蹲り口を閉ざしていた。


「勇者様……お願いが」

 

 死者に祈り、怪我人の処置に奔走する神官と共に現場を飛び回っていると、傷だらけの若い兵に縋られた。

 

「同郷の仲間が……、勇者様、お願いしますどうか、こいつの手を握ってやってくれませんか」


 俺は無言で頷き、横たわった兵の手を取った。

 冷たい。あまりにも。冷たかった。


「こい……つ、勇者様に憧れて討伐隊に入ったんです……ッ。ここを抑えて、明日必ず勇者様に会うんだって、そしたら鎧にサインしてもらうんだなんて言っててッ……ずっと……っ」


 その場に崩れ、彼は嗚咽混じりに打ち明ける。


「どうして……なんでっ、こんなことにッ…………。なあおい、生きて勇者様に会うんじゃなかったのかよ……。魔王軍を全て倒して一緒に……故郷にっ……帰るんじゃなかったのかよぉお……!」


 拳で何度も渇いた地面を叩く。

 言葉にする度に、涙を溢れさせるその顔が、握った手の冷たさが――まるで胸の奥に封じ込めたトラウマの蓋をこじ開けるようで。


 あの夜から、ずっとその感覚が消えてくれない。


 冷えた手の内をもう片方の手で痛いほど握りしめる。


 どくどくと小刻みな心音がうるさい。


「――勇者様がそんな顔してどうする、」


 え…………。


「ははっ、また一人で背負い込んでいるのか?」


 焚き火の向こうから呼びかけられ、顔を上げる。


 ぼうっと視界に映る、正面の切り株に腰掛けた見覚えのある鎧姿。


 歯を剥き出しにした笑み。

 懐かしい、緋色の眼差し。


「っ……あ、」


 思わず掠れた声が出る。


「なんで……………」


 匙を落とした指先を、反射的に伸ばす。



 ――その時だった。



「……おいって――」


 背後から声。


 ぬるり、と冷たい手が首筋に回されて――


「ひょああッ⁉︎」


 声にならない叫びと共に振り返ると、焚き火の明かりに照らされて、弓使いが立っていた。


 寝ぼけ眼で、髪がぐしゃぐしゃ。

 尖った耳がぴょこぴょこと動いてる。


「かちゃかちゃうっせーよ、眠れやしねえ」

「っ……あ、……悪い、起こした」


 目を擦りながら苦情を言われ、素直に謝る。

 エルフの長耳は聴覚がずば抜けているからな、夜食の準備から何から聞かれていたらしい。


「……」


 再び焚き火に目をやると、そこに座っていたはずの人影は無かった。


 気のせい……か。


「なんだよ」

「いや……別に」


 後頭部を掻いて目を逸らせば、鋭い手刀が脇腹にめり込んできた。

 前回穴空いたところ、地味に痛いやつ。


「別にじゃねーよ。どーせまたグルグル考えてたんだろ」


 うっ……図星だ。


「こちとら人生経験がお前らヒューマとは桁外れのエルフ様だからなあ。そんなんお見通しよ。ったく、相変わらずの神経質だなあ。めんどくせーやつ」


 そこは放っとけ……。


 寝床に戻ると思いきや、弓使いは勝手に鍋をのぞき込み、匙を突っ込む。


「うまっ。なんだこれ。ルナマッシュ入れてんじゃん。うはは、高級食材! こんなんどこで手に入れたんだよ」

「運の良いことに、そこに生えてた」

「なるほど、昼間は他のキノコに紛れてわかんねーもんな。おい、オレも食うからさ、一杯くれ」


 言うないなや、弓使いはその辺の丸太にドスンと腰を落とす。


 すると今度は、戦士が毛布を引きずりながら顔を出してきた。

 丸みのかかったハーフエルフの耳が欠伸と共に上を向く。


「ああ……なんか食べてる音聞こえて、起きちゃいました」

「おっ、戦士来たか! ちょうどいいシチューパーティしようぜ!」


 おい、無理して起こすなよ……。


 隣に座れと呼びつける弓使いを止めてみたが、気づけば三人並んで鍋を囲んでいた。


「しっかりしろよ」


 弓使いがスプーンを口にくわえたまま、俺の方を見て肩を竦める。


「三日前のことだろ、顔色悪いぜ」


 弓使いに続いて、戦士も頷く。


「そういう二人は、……平気なのか」

「平気、というわけじゃないですが」

「全部背負い込んでたら重てえだけだ。また白髪増えるぞ」


 頭ではわかってるんだ。けど……。

 はは、だめだな俺……勇者失格かな。


「勇者さんは、優しいから……。色々感じすぎるんだと思います。でも僕はいいと思いますよ、そういうの。だって僕が死んだ人だったら、すぐに忘れられるのは寂しいから。ほんの少しでいいから覚えていて欲しいです。それに、何にも動じない人より、支え甲斐もありますからね」

「そらそうだ」


 戦士の言葉に、弓使いも深く頷く。


 ……そういうもんだろうか。


「じゃあ、もう食っちまおうぜ、全部メシにぶっかけて」


 おかわりを皿によそい、ガツッと豪快にかき込む弓使いを見て、戦士も穏やかに同意する。


「そうですね。食べちゃいましょう、苦も楽も、……そうすれば、いつか報われる日が来ますよ」

「そーそー、オレらも一緒にたいらげてやるからさ」


 そうして二人は、俺が纏っていた陰鬱な空気を塗り替えるように笑い飛ばす。

 その屈託のない笑顔に、喉奥につかえていた息苦しさが少しずつ引いていく。


「そうだな……今は食べて、腹におさめるよ」


 そう言って、残ったシチューを口に運んで、しばらく、不意にかくんと視界が揺れる。


 久方ぶりに感じる眠気だった。

 慌てて頬を叩いてみる。


「食ったら寝ろよ。見張りはオレと戦士で回すからよ」

「流石にそれは悪いよ……俺は全然平気だからさ」


 そう言い返せば、戦士が静かに立ち上がり、ジト目を向けて俺の前にしゃがみ込む。


「そんな目の下に酷い隈つくっといて、説得力なさすぎですよ。勇者さん」


 うう……。


「つかオメーが万全じゃないと、明後日の戦いでオレらが困るんだっつの!」


 そっ、それはそう……。


 弓使いのダメ押しに、返す言葉がなくなってしまう。


「何かあったら、僕たちが起こします。ね、信じてください」


 戦士がニーッと笑い、毛布がふわりと肩にかけられる。


 焚き火の熱とは違う、柔らかな温もり。


 勇者としてリーダーとして、これ以上仲間に弱い姿を晒す訳には、と頑なだった心がそこでようやく折れ曲がる。


「わかった。頼む」


 毛布を引き寄せ、火から少し離れて体を横たえる。


 すぐに眠気が覆い被さってくる。

 心地よいまでに意識が緩やかに遠のく。


 こちらを覗き込む二人の静かな眼差しにひどく安心を覚えて、俺は暖かく漂うシチューの香りに抱かれたまま目を閉じた。


 大丈夫……。

 大丈夫だ……きっとこの先も。


 誰一人、欠ける、ことなく。





 それが――、

 指の隙間からこぼれ落ちる砂みたいな願いであることを、知っていたはずなのに。


 それでも俺は、性懲りもなく。


 眠りに落ちるまで、繰り返していた。


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