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見えない尻尾を振って、異物をおにぎりに埋め込むその姿が、容易に想像できる……。
俺は片目を瞑り、警戒しつつ、匙でさらに奥を崩す。
中身を確かめるように、慎重に、慎重に。
……。
……。
中から顔を出したのは刻んだ干し肉に胡麻を和え、甘辛くしっとり煮含めた佃煮だった。
思わず力が抜けてテーブルに、ごんと突っ伏す。
「……セーフ」
小さく呟き、俺は匙で隠されていた具を掘り出す。
閉じ込められていた肉汁が溶け混ざり、素朴な即席茶漬けが、思いのほか満足感のある一杯へと変わっていく。
少量だが、血が足りない体にこの具は嬉しい。
戦士……ありがとう……。
静かな厨房で、匙が器に触れる小さな音だけが、規則正しく響く。
「はぁ〜、つっっがれだなぁ……」
天井をぼんやり見つめ、湯気と共に呟く。
気が抜けるとつい出てしまう北方訛りも今は誰もいないので気にしない。
激しい剣戟も、叫びも、視界を覆う砂埃も、戦いの中で感じる、痛いほど張り詰めた鼓動の音も。
なにもない。
鎧も纏わず、聖剣も握らず。
無防備にこうして、一人で飯食ってる自分が、一番らしいと思う。
使命が重たく感じることは今でもあるが、だからこそ、こういう時間が生きてくる気がする。
それにしても……。と、匙を咥えながら、改めて体のあちこちを見渡す。
「今回もまた、派手にやっでまった……」
ぐうの音も出ないほどにボロッボロである。
それでもこうして、深夜の厨房で茶漬けを啜れるんだから、頑丈になったというか、板についてきたというか、なんというか。
だが、そろそろ寝床に戻った方が良さそうだ。
味噌や佃煮の出汁をたっぷり取り込んだ、お茶漬けの残り汁をもう少し堪能していたいところだが、誰かが部屋を覗きにくるかもしれないし。
ましてや、こんなところ見られでもしたら、
「特に神官に見つがったら、まんず厄介だ……」
「もう見つかってますよ」
背後から、やけに落ち着いた声が降ってきた。
……あ。
……あ〜……。
ゆっくり、首だけを動かして振り返ると、厨房の入り口に、髪を解いた神官が腕を組んで立っていた。
目は細められ、笑っているようで、笑っていない。
「こ…………こんばんは」
とりあえず、挨拶しておく。
「こんばんは、じゃありません」
神官は一歩、また一歩と近づいてくる。
足音が静かな分、余計に怖い。
「……いや、あの……これは……ちょっと、茶を飲みに来ただけで……」
「口にご飯粒つけておいて、言い逃れできるとでも?」
指摘されて、俺は反射的に口元を拭う。
それを見た神官は深いため息をひとつつき、俺の横に座り、痛みの酷い脇腹へ触れる。
「じっとしてください」
「……はい」
しおらしく返事をすると、次の瞬間、温かい水が体内に流れ込んでくるような感覚が広がる。
焼けつくような痛みが、治癒魔法の優しい光に覆われて和らいでいく。
「無茶をした自覚は、ありますね」
「……多少は」
「多少、で済ませるつもりですか」
淡々と返されるも手は離れない。
しばらく沈黙が落ちる。
魔法の余韻が消えた頃、神官がぽつりと口を開いた。
「……こんなになって」
俺の包帯だらけの体を、ちらりと見て。
「旅を……辞めたくなりませんか」
静かな問いに、俺は一瞬だけ考えて、首を振る。
「今更かな」
正直な答えだった。
「……君は?」
聞き返すと彼女は目を閉じて、「ありますよ、沢山」と短く答える。
「勇者さんが……大怪我をした時なんか、特に」
自分が、これ以上なく無能に思えてくるから。
語尾を小さくして本音を打ち明ける彼女に、胸の内側がひやりとした。
それは……。
「なんか……ごめん」
「って……思うんですけど。その後、動けないはずなのに平気な顔でうろついて、普通にご飯を食べてる勇者さんを見てると、深刻に悩んでるのが毎回馬鹿馬鹿しくなります」
ごん、と俺は再びテーブルに突っ伏す。
「ほんと……色々ごめん」
「まったくですよ」
呆れたふうな顔をしながら、今度は動かせない右腕に手を伸ばしてくる神官。
「治療が終わったら寝てくださいよ」
「わかった」
「……、なに笑ってるんですか」
「いやー、龍癒茶の焼きおにぎり茶漬け……美味かったな……って」
心底呆れた様子で神官は首を振り、それから小さく視線を落とした。
「あなたが、傷つかずに美味しくご飯を食べられる日がはやくくればいいのに……」
独り言のつもりだろうが確かに聞こえた。
「くるよ、きっとそのうち……神官が、みんなが、こんな俺に懲りずにこれからも力を貸してくれるなら」
そう言って俺は、力の抜けた笑顔を向けた。




