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「………う゛…………はらへっだ……」
無意識に出た間抜けな声で目を覚ます。
その感覚が随分と久しぶりな気がした。
頭の奥がずしりと重く、意識が水底にあるみたいに曖昧だ。
視界がようやく定まってくると、そこでようやく、自分が薄暗い部屋のベッドの上にいることに気づく。
背中に感じるのは、硬すぎず柔らかすぎない、宿屋特有の寝具の感触。鼻先に感じる、微かな薬草と消毒液の匂い……。
ああ、だんだんと状況が掴めてきた。
今は夜で、ここは南の都の宿か……。
そこまで考えたところで、胃袋とは別の場所が悲鳴をあげた。
鈍く、重く、内側から焼けるような痛みが、左脇腹を中心に広がっていく。反射的にそこを押さえようとして、利き腕の感覚がないことをそこで知る。
「っ……」
声にならない音が漏れ、ベッドが軋む。
……ああ、そうだ。
ぼやけた思考が、少しずつ繋がり始める。
――城壁外。南の都を守るために張られた迎撃線で、俺たちは魔王軍を迎え撃った。
交戦の最中、突如、暗雲の彼方から現れた。
魔王軍五将が一人――崩虐のガレシア。
奴が操る、触れたものを崩壊させる魔力弾で、都の兵団による陣形は一瞬で瓦解し、戦況は塗りかえられた。
城壁を背に、血煙と叫びが交錯する中、ギリギリの攻防が繰り広げられる。
激闘の末、追い詰められたガレシアが最期に放ったのは、都を覆い尽くす程の規格外の崩壊弾。
打ち破れなければ、地図から南の都そのものが消える。
覚悟を決めて、聖剣で絶望のカウントダウンを迎え討った。
瞬い聖剣の輝きと、禍々しい魔力の奔流が拮抗する中で、腕の骨が指先から軋み、砕けていく――体がバラバラに吹き飛ばされる。そんな感覚に抗いながら、全身全霊を込め振り切った。
そこから先の記憶はない。
俺は思い出したように、自分の右肩に恐る恐る視線を向ける。
……ある、な。
包帯ぐるぐる巻きで、いまだ感覚もない状態だが、とりあえず腕はそこにくっついていた。
ふう……とため息が漏れ、安堵から、またもや胃袋が文句を垂れる。
我ながら、元気なものだと呆れる……。
ガレシアとの戦闘で右脇腹には風穴が空いたが、呑気に腹が鳴るということは、おおむね問題はないだろう。
きっと神官や魔法使い、仲間たちの手厚い処置のお陰だ。
俺は天井に向かって息を吐き、体をゆっくり時間をかけて起こす。
視界の端に、テーブルが見えた。
ベッドのすぐ横。手を伸ばせば届きそうな位置に、何かが置いてある。
目を凝らしてよく見てみる。
それは、皿の上でまだ少し温もりを残した不恰好なおにぎりだった。
誰が置いたか。容易に想像がつく。
戦士だろう。
「勇者さんなら、目覚めた時に食べるだろうと思って!」
などと言いながら、慣れない手つきで握ったのだろうか。
体の至る場所が痛むも、意識は冴えている。空腹が、俺を現実に引き戻す。
……茶でも、いれるか……。
宿屋の共同厨房なら、誰もいない時間帯だろう。
神官に見つかったら、確実に怒られるだろうが……まあ、その時はその時だ。
俺は歯を食いしばり、脇腹を庇いながら床に足先をつける。
片腕で体を支えるのは至難の業だが、こういうのには随分慣れた。
部屋を出ると、夜の宿屋はしんと静まり返っていた。
遠くで誰かの寝息が聞こえる。
「いつつ……ッ」
壁伝いに廊下を移動し、古い木の階段を軋ませ、時間をかけてどうにか共同厨房の扉まで辿り着く。
中は薄暗く、厨房には調理台と簡素な棚、そして壁際に据え付けられた調理用の魔導炉、ちんまりしたテーブルと椅子。
魔導炉の火はとっくに消えていたが、心配はいらない。精霊の力を封じた火の魔石を炉の中に内蔵し、つまみを捻れば、誰でもすぐに安定した炎を生み出すことができる。
俺はおにぎりの皿を調理台に置き、蝋燭の灯りを片手に戸棚にしまわれていた俺たちの荷袋を引っ張り出す。
戦いが終わってから、仲間の誰かが中身を補充してくれたようだ。
保存食以外にも、茶葉の入った麻袋や、新しい調味料が豊富に揃っている。
ふむ……。
「……味噌、か」
味噌の入った瓶を手に取り、皿の上の白おにぎりに視線をやる。
魔導炉に火を灯し、水の入った鍋とフライパンを乗せる。
不格好だが食べ応えのありそうなおにぎりを油を引いたフライパンの中心にそっと置く。
じゅっと音が立ち、香ばしい匂いが厨房を包む。
濃いめの焼き色がついたところで、スプーン一杯分程度の味噌を片面に塗り、また焼き付ける。
即席だが、なかなか良さそうだ。
次は茶だ。
荷袋の中に入った茶葉入りの麻袋を開き鼻を近づける。
なるほど……これは、龍癒茶か――。
ドラゴンの生息する高地で採れる薬草を調合したもので、血の巡りを良くし、内蔵の回復を助けるとされる茶葉だ。
今の自分にちょうど良い一杯になりそうだ。こういう細かな気遣いは、神官だろうな。
ポットに茶葉を入れ、沸かしていた湯を注ぐ。
片腕では安定せず、盛大に零したが……まあいいや。
熱い湯によって乾燥していた茶葉がみるみるうちに開いていき、どこかほっとするような香りが立ち昇る。
――ふと視線が、フライパンに戻る。
表面にカリッと焼き色のついた大きな味噌焼きおにぎり。
「……待てよ」
俺は、ポットとおにぎりを、交互に見た。
適当に茶を飲むだけのつもりだった。
だが、深夜のテンションか、はたまた血が足りなさすぎてハイになっていたか、脳が勝手に余計なことを考え始める。
――焼きおにぎり。
――薬草茶。
……焼きおにぎり茶漬け、とか……どうだろう。
勇者の人生において、なんの役にも立たないひらめき。
しかし、例えそうだったとしても今の俺は勇者である前に、ただただ己の食欲に忠実な腹ペコ野郎であるわけで。
どうせ腹を満たすならば、美味い方がいいに決まっている。




