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まず目に飛び込んできたのは、主食。
昆布と、体力回復にも用いられる薬豆を混ぜ込んだおにぎりが、二つ。
その横に堂々鎮座する主菜。
数日前に狩った、石化の魔眼を持つ鳥型魔物――コカトリスの肉を使ったと思える、大ぶりな唐揚げ。
さらに、コカトリスの卵で作ったであろうてりってりに輝くだし巻きたまご。
オアシスで獲れる宝石のような碧い魚――アズールフィッシュの切り身は皮目までパリッと塩焼きに。
野菜枠も抜かりない。
青々とした夜露草のおひたしは、香り高い胡麻と和えられ、箸休めにちょうどいい量のサボテンのしば漬けと並んでいる。
デザートには砂漠の恵として重宝される、飾り切りされたルクサの実。
このラインナップ……まるで遠足。
そして、一際存在感を放つ――。
……こ、これは…………っ。
膝上の彩り豊かな弁当を前に。
俺は崩れ落ちるように深く息を吐いた。
眉間を押さえて暫しの沈黙。
……か、
武闘家ぁあああああああああ‼︎
ほんっ、ほんっとに、これ……これ……!
どこに本気注いでんだ!
本気出すベクトル、完全におかしいだろ!
ていうか、この異様な手の込み具合は何だ。
お母さんか。お母さんが作った弁当なのか⁉︎
戸惑いで、頭の中が一気にうるさくなる。
いかんいかん。集中だ。
俺は再び深く伏せ、遠見筒の斜め横に、武闘家謹製・彩りガチ弁当をそっと置いた。
とりあえず、偵察を続けながらさっさと平らげてしまおう。
ゆっくり味わえないのは正直惜しいが、今必要なのは情報を得るための補給、それだけだ。
余計な感想で頭の中をこれ以上騒がせるのは、潜伏中の身としてあるまじきことだ。
噛んで、飲み込め。
胃袋が満たされれば、それでいい。
そう言い聞かせながら緊張を纏い、丁寧に枝を削って作られた箸を取り、俵形のおにぎり――昆布と薬豆の混ぜごはんを口に押し込む。
もぐ。
「く、………………っそ――」
張り込みで限界を迎えていた味覚が、どっしり腰を落としたおにぎりの立ち合い一発を真正面から浴びた。
米の炊き具合――、この硬さ、塩加減、好みどストライク。
続けてほくほくの豆が、昆布が、米からほどけて、連携技を畳みかけてくる。
全く力の入らなかった胃袋が――みなぎってくる。
俺は拳をギュッと握りしめる。
く……、
くッ――。
悔しいほどにうまい……ッ。
頭の中に情けない叫びが反響する。
だ、だめだ。いけない。
今は食に気を取られている場合じゃ……。
余韻に浸りかけた俺は、慌てて首を大袈裟に振り、遠見筒を覗く。
砦の門は閉まったまま。
背の低いゴブリンの見張りが、持ち場を交代している。
――動きなし。
そのまま視界を固定した状態で箸を操り、唐揚げを口に放り込む。
もぐ――、
こ、っ……。
この唐揚げ――、
冷めててもうまい――‼︎
口の中で弾ける、コカトリスの脂のジューシーさと、香ばしい衣の二重奏。
その魔眼を直視すると、たちまち体が石化してしまう、出会うと厄介な砂漠の嫌われものコカトリスが、弁当のど真ん中で主役に生まれ変わるとは思ってもみなかった。
しかも、なにが嬉しいかって、唐揚げは一口じゃ収まらないほど食べ応えのある大きさなのだ。それがなんと、弁当箱にぎっちり三個も。
主役であるはずのメインのおかずが、遠慮もせず、控えめにもならず、むしろ図々しく居座っている。
この配置。
弁当の並びを眺めて、これほど気分が上がることはない。
「ハッ――‼︎」
目が覚めたように俺は肩を跳ねさせる。
な……っ、だめだ。また意識が勝手に。
食事じゃないんだ、補給だこれは、いちいち味を感じてどうする。自重しろ!
後頭部を叩き、再び遠見筒に全集中する。
オークが三体、樽を担いで門を潜る。
歩調バラバラ。即席で集められた部隊か……。
もぐもぐ。
二個目の唐揚げを噛み切った瞬間、肉汁がドバッと広がる。
これが、昆布と薬豆のおにぎりに最高に合う――もういっそ、どんぶりでかき込みたいほどに――、
って。
雑に噛み砕いた唐揚げを水で流し込み、次の区画に箸を伸ばす。
照り輝く、だし巻き卵。
コカトリスの卵を使ったそれは、ほんのり黄金色で、切り口がきめ細かい。
箸で持ち上げると、たっぷり吸った出汁の重みが伝わってくる。
もぐ。
……っ。
一言で表すならば。
やさしい。
なんだ、このだし巻きたまご……。
この乾燥した岩場で、身を潜め硬くなった全身を労わり、背後から抱擁するかのような――やさしい、甘み。
日を増すごとに集中力が低下していた脳に、素早く届く極上の幸福感。
この甘さ、……反則。
これ以上、心乱される前に、あまーいだし巻きたまごを喉の奥に追いやり、遠見筒の向きを変える。
裏手からリザードマンが数体、外に出てくる。
槍持ち。軽装。巡回だな。
少し離れた場所では、ゴブリン同士が露骨に揉めている。
こいつら昨日も揉めてたような……。
もぐ。
次は――サボテンのしば漬け。
しゃく、と歯を立てた瞬間、さっきまで舌に残っていた脂と甘みを、さっぱりとした後味が容赦なく斬り伏せていく。
夜露草のおひたしは、噛めばほろ苦さと胡麻の香りがじわりと広がる。
……これだ。
この布陣――完全にわかってやがる。
遠見筒を固定したまま、箸を動かす。
今度は、アズールフィッシュの塩焼き。
碧い鱗は丁寧に取り除かれ、表面に振られた塩は控えめで、……素朴な味。
だが、それでいい。
オイルも、洒落たソースもいらない。
魚本来の味が、ダイレクトに飢えた味覚に染み渡る。
整いすぎた店の味でも、雑な野営食でもない。
家だ……。
ホッとする、食卓の優等生。
この一切れが、ここに居てくれて良かったという安心感に思わず、口元が緩む。
くっそ……。
体が、味わうことを、拒否しきれない。
抗えない……ッ。
レンズの向こうのミノタウルスの数を素早く数え、俺は忙しなくサボテンのしば漬けを齧り、問題の、これまで見て見ぬ振りをしてきた――そいつと目を合わせる。




