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岩盤地帯に溶け込むようにして、魔王軍の砦は姿を隠している。
俺は岩陰に身を伏せ、遠方の様子を探るための道具――遠見筒を覗き込む。噛み切るのにやたら顎を使う干し肉を口に咥えたまま。
……硬い。追いかけてくる獣臭さと鉄の味に舌がげんなりする。
奴らの砦は、切り出した岩を積み上げただけの簡素な造りで、遠目から見て崩れかけた岩盤と見分けがつかない。出入り口は少なく、見張りも最低限。防御と隠蔽に特化した構造は、徹底して合理的だ。
魔王軍が南の都を狙っているという情報に間違いは無かった。砂漠を越えた先でこの前線基地を確認してから、俺たちパーティは役割を分けた。
俺と弓使いは偵察役。
砦から離れた岩場に潜み、遠見筒で監視する。
大まかな敵の数、戦力を割り出し、情報を少しでも多く持ち帰る。
武闘家、魔法使い、神官の三人は先に南の都へ。
魔王軍の動きを急ぎ伝え、迎撃態勢がどこまで整っているかを確認する役目だ。
合流の目安は、ある程度の砦の動きを掴み次第。そんなこんなで張り込みは、三日目に入っていた。
少し離れた別の岩陰には、弓使いが伏せている。どちらかが敵に見つかっても、もう一方が立て直せるようにするための配置。
合図がない限り、お互い無駄な接触はしない。聞こえてくるのは風が吹き荒れる音だけ。砦の出入りは途切れない。
門を潜るのは、主に簡素な甲冑を身につけた魔物の兵士たち――リザードマンとゴブリンだ。
時折、オークの一団が現れ、どこからか盗んできたのだろう食糧樽を担いで入っていく。
数は少ないが、ゴーレムとミノタウルス、コボルドの姿も見えた。巨躯に刻まれた傷、重装備からして、主戦力か……。
そして、魔物語を操り獰猛な魔物兵たちを統率しているのは――角や尾を生やし、血のように緋い眼を持つ少数の魔族たちだ。
魔族はもともと他種族と比べて数こそ少ないが、生まれながらに強力な魔力と戦闘能力を持ち、知性の低い魔物たちを使役することに長けている。
北東の海に浮かぶ魔大陸より、魔族の軍勢が人間の領土へ侵攻を開始して十数年。
魔王の統べる魔大陸は、現在強固な結界で閉ざされている。近づこうにも海流と霧に阻まれ、転移魔法でも座標を捉えられない。そのため人間側は魔大陸へ攻め入ることができず。俺たちは本土で奴らを迎え撃ちながら、結界を破る術を探し続けている。
とはいえ、各地で血は流れているのに、魔族側はどこか決め手を避けるような戦い方を続けていた。まだ本領を隠しているのか、それともなにか別の狙いがあるのか。彼らが機をうかがうように淡々と暗躍する様は、嵐の前の静けささながらで、なんとも不気味に思える。
それにしても…………。俺は干し肉を奥歯で噛み切り、ようやく飲み込む。
……腹が減る。
干し肉。乾パン。その他の簡易的保存食。
水と一緒に流し込むだけの食事も、流石に三日目ともなると……。俺は遠見筒から目を離し、荷袋へと視線を落とす。
中には別れ際、武闘家が押し付けてきた包みが入っている。魔法使いが「腐りにくくする魔法をかけた」とも言っていた。
「偵察中は、ろくな飯にならんだろ。それに勇者、お前さんは特に食いしん坊だから堪えるだろうな」
そう言って、ワハハと笑う武闘家の顔が浮かぶ。正直、期待はしていなかった。干し肉の延長だろうと、そう思っていた。
砦の門が開き、リザードマンが二体、革袋を引きずるようにして入っていく。なんだよあれ、異様にでかいな……。
そこで、空気を読まずに腹が鳴る。真面目にやれと、腹部に拳をめり込ませるも、静かになるどころか、腹の虫はさらに文句を言い出す始末。
このままでは、集中力の方が先に尽きる。忍耐だけでは偵察は務まらない。補給も大事だ。俺は周囲を確認し、荷袋を引き寄せ、例の包みを取り出す。
布を解き、中から現れたのは、魔法使いの腐り避けの魔法がかけられた、少し大きめの……これはもしや……弁当箱……なのか。
……にしては重い。嫌な予感がして蓋を持ち上げる。
「――うそだろ……」
思わず、震えた声が漏れた。




