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るぁーめん。それは東方の島国から伝わった、多種多様なスープに、これまた太さも食感も様々な小麦麺を浸して食べる郷土料理。
紛うことなき、俺の大好物だ。
魅惑の文字の並びに店の前まで引き寄せられ、立て看板の赤い太文字を目で追う。
『※当店では特別な飼育をしたハーブオークのチャーシュー、背脂、オーク骨からとったダシを使用しております。』
オ……オークって、
あの豚型魔物のオーク?
特別飼育オークってなんだ。飼育できんの⁉︎ ハーブオークって何⁉︎
いや、落ち着け。魔物食も大陸ではさして珍しくない。であれば養殖だってあるだろう。
とはいえ、ハーブで育った平和なオークとは……想像がつかない。
でも気になる。すっごく気になる。
ごくり、と無意識に喉が鳴った。
本職は勇者だが、一人の時の俺は、食の神に導かれしただひとりの冒険者だ。
新たな美味との出会いは、店に足を踏み入れなければ始まらない。
よし…………ちょい入ってみるか。
緊張を飲み込み暖簾をくぐると、湯気の壁が立ちはだかった。脂の匂いが顔面をガツンと殴る。
寸胴の中で煮込まれたスープ。カウンターを叩くどんぶりの音、湯気の向こうで先客が豪快に麺を啜る。
喧騒に揉まれ疲れていた体に、この独特な空気が心地よく沁みる。一見さんお断りの文字がないことに安心していると、店主が無言でこちらを見る。黒髪に白い鉢巻き。職人の顔だ。
「注文は」
ぶっきらぼうな声で言われ、慌てて隅のお品書きに目を走らせる。
「あ、えと……オークるぁーめん、一つ」
「麺の硬さ」
「ふ、普通で」
「野菜、背脂は?」
「あ……マシマシで」
言っちゃった。
もう後戻りはできない。
なぜか食事前なのに、戦場に出る時みたいに背筋が伸びる。一番端の席に腰掛けると、隣の客のどんぶりが目に入る。
……すごい。
湯気が立ち上がり、脂の膜がてらてらと輝いている。
麺と具材のタワーは、どんぶりからあふれんばかり。
山。
もはや、るぁーめんという名の山だ。
店主が鍋から底の深いどんぶりへとスープを注ぎ、素早く湯切りされた麺が流れるように投入される。
湯気の幕の中で背脂が乱暴に舞う。
視界が脂で霞む。……これが“マシマシ”の領域。
続いて爽やかなハーブの香りと濃厚な肉汁の匂いが、既に土俵際の理性を削ってくる。
「おまち」
どんぶりが派手に置かれる。それはまさに圧巻の一杯と言えた。
白濁色のスープの上に積み上がる、野菜と脂が折り重なった山脈。
分厚いオークチャーシューが三枚、壁のように立てかけられている。
頂上からは湯気が噴き上がり、照明を反射して幻想的に輝いていた。
幾重にも折り重なったキャベツと魔豆芽、そして山頂には背脂のどか雪。
これは食べ物か建築物か、どっちなのかと数瞬脳がバグる。
「……いただきます……」
祈るように口にして、どんぶりを引き寄せる。
レンゲですくい、そっとスープを口に含む。
「ッ…………ん!」
脂が舌にまとわりついて、あとからハーブの清涼感が駆け抜ける。
馬鹿みたいに濃厚――なのに後味が軽い。罪なのに、救いがある。
これは危険だ。背徳と幸福が手を取り合って踊り狂うような。原罪の味――まさにそう呼ばざるを得ない。
箸を持つ手が震える。次は麺だ。
麺と具の山肌に気圧されつつも、勇者の使命感でもって、ようやく麺をつかむ。
金色に輝くちぢれ麺。スープをたっぷり吸ったそれを一気に口へ運ぶ。
ずぞぞっ――。
啜った瞬間、口の中が一瞬で支配される。もっちりとした食感。スープの脂が舌を包む。熱い。濃い。なのに止まらない。次が欲しくなる。
啜る。噛む。飲む。……そしてまた啜る。
気づけば、箸の動きが止まらない。
ずるずるという音が、ただただその場に響く。
半分ほど食べ進め、今度は箸を敵の本丸――オークチャーシューへと向ける。
厚さ、指三本ぶんといったところ。
表面は香ばしく焦げ目が入り、内側はとろとろ。
箸でつまんだだけで、ほろりと崩れかける。
誘われるように口に運び、舌の上に迎える。
噛んだ瞬間、肉の繊維がほどけて脂が弾けた。
そして……甘い。
なんだこの柔らかな肉の旨みと極上の甘みは……。
「ふあ……うっま……」
思わず勝手に漏れ出る声。それを見た店主が、そうだろうと言わんばかりにしたり顔をする。
チャーシューというからには、若干の獣臭さを身構えたが、ハーブ飼育のおかげか臭みを全く感じない。それどころか、くどすぎない旨みと甘みが、こってりとしたスープ、もっちり麺に最高に合う。
正直、オークにはいい印象がなかった。
子どもの頃、遠方の村に住む叔父がオークに襲われ喰われたと知った時は、しばらく食事が喉を通らなかったほど。
……なのに。悔しいけど――
箸に挟まれ震えるオークチャーシューはてらりと輝き、すでにゴリゴリに削られた理性に追い打ちをかけてくる。俺は抗えず、またも豪快にかぶりついてしまう。
叔父の敵と複雑な気持ちになるも、いや、でも死んだ叔父を思えばこそ、いっぺんたりとも残さずに胃袋に収めるべきだろう。そんなおかしなやる気に突き動かされ、俺は再びどんぶりの中の戦場へと戻る。
麺と肉と脂の濁流から生まれる快楽的な味の連続。
レンゲで搔き込んだキャベツと魔豆芽がシャキッと音を立て、咀嚼する度、申し訳程度に残された最後の理性が溶けていく。
止まらない。止まるわけがない。
ずずっ、ずぞぞぞっ、ぞるぞるぞるぞるぞるッ――。
最後の一本になるまで、派手な音を立てながら俺は麺を啜り続けた。
箸を置いたとき、まるで戦闘後のように呼吸が浅くなっていた。汗が一筋流れ落ちて、背中に貼りつく。
レンゲをどんぶりの底に沈め、スープを最後の一滴まで、トドメを刺すように飲み干す。
紅の文字が、油の間からゆらりと浮かび上がる。
『また来な。』
剣を鞘に戻すような力加減でどんぶりを静かに置き。
ふー、と静かに息を吐く。満足が胃の底まで満ちていく気がした。




