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人見知り勇者さんは、今日もどこかでぼっち飯。  作者: 天野 肇
5食目 キングクラーケン・バーベキュー、漂流サバイバル仕込み

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1

「――っ……う」


 砂が頬に貼りついて、口の中が塩辛い。

 波が寄せては返すたび、体の下の砂が少しずつ形を変える。


 ここは、……俺は……いったい。


 ゆっくり瞼を上げると、視界は青く澄み切り、太陽が真上にあった。


 真横には、波を浴びた聖剣。

 上体を起こせば、ふとももに重く生臭い感触。


「げっ……」


 黒紫の異物、ぬめり、びっしり並んだ吸盤。

 キングクラーケンの切断された巨大な脚が、俺の足首に絡みついていた。


 周囲には折れたマストの破片、帆布の切れ端、割れた板片。

 漂着物が一面に散っているが……仲間の姿だけが見当たらない。


「……みんな……」


 声に出した瞬間、昨夜の景色がひと塊になって蘇る。


 そうだ……。


 ウンディーネとの契約を済ませた帰路。

 順風だった航路は、夜半に一変した。


 空は荒れ、海は黒く染まり、雷光が水平線を裂き、やがて白沸きの泡の底から――のたうつ巨影が現れた。


 キングクラーケン。

 海上で出会えば死しかない――最悪の魔物だった。


 俺たちは船員を船底へ避難させ、船体を呑み込もうと身を起こすそれを甲板で迎え撃った。

 雨が床板を穿《うが》ち、矢は突風で殺され、詠唱《えいしょう》は雷鳴に掻き消された。


 長い攻防の末、どうにか急所を貫くも、こちらの陣形は総崩れ。

 膝をつく戦士、武闘家――その危機に気づいた神官が祈りを紡ぎ始めた、直後。

 一本の触手が甲板を薙ぎ、彼女へと伸びる。


 まずい――。


 反射で体が動く。神官の肩を突き飛ばし、俺の腹部へ冷たい触手が絡みつく。


「……勇者さん――‼︎」


 神官の叫びと共に体が浮き、世界が裏返った。

 割れた海に叩きつけられ、視界は泡と闇。最後の足掻きに吸盤の連なりを聖剣で払う。

 絡みつく力が緩んだ隙に、さらにもう一刀、脚が暴れ、渦が巻く。息が尽きる。上も下も分からなくなって――そこで意識が途切れた。


 あれから、どのくらい経ったのか。

 仲間たちは無事なのか。

 いや……きっと大丈夫だ。これまで、いくつもの死線を越えてきた彼らだ。

 生き残ってくれているはず。確かめる術はないが、なぜだかそう確信できた。


 立ち上がって周囲を見回す。

 海を渡る船や島影は見当たらない。


 仲間の心配もそうだが、俺もこの状況を打開する方法を探さなくては……。


 転移魔法は神官と魔法使いがいないと使えないしな……。


 こういう時はやはり、イカダを作る……とか。


 いや、まずは下手に動かず狼煙《のろし》を上げるのが先決かな。


 ……それにしても。


 腹、減ったな。


 この非常時だというのに、腹は空気を読まずにか細く鳴き出す。


 その音が虚しく消えていく。だが恥じる必要もない。

 だって、ひとりなんだから。


 このだだっ広い、人の気配のない浜辺に――圧倒的、ひとり。


 ひとり……ひとり、か。


 ふー……と、顔を手で覆って大きく長く息を吐く。

 長い沈黙の後、妙な落ち着きが浸透する。


 まあ……うん。

 一人なら、何したって構わないよな――。

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