2-24 焚き火
サイラスたちが魔王国リアルジンの魔将ハレンダイトを倒してから、二日が過ぎた。
一行は順調に街道を南に下り、風の森の北側にたどり着いたところで、今夜の野営の準備を始めた。
街道はここから二手に分かれる。サイラスたちは風の森に沿って東に進むのだが、南に進めば旧ガヤルド王国領だ。魔獣がよく出没する地域でもある。とくに夜は危険だといわれていて、警戒を怠るわけにはいかない。
幸いなことに、サイラスたちのなかには睡眠を必要としない魔導人形のルナがいた。夜は交代でルナと誰かが見張りをすることになっていて、次はサイラスの番だった。
マルバンと交代したサイラスが、焚き火を見ているルナの隣に腰かけた。
「お疲れ様、ルナ。いつも夜の見張りをありがとね」
「いや、私にできることでみんなの役に立てるなら、私は嬉しい」
ルナが、優しくサイラスに微笑みかけた。
「それに、こうやってみんなが寝静まった後に、順番に一人ひとりと話をするのも楽しいものだよ。私は四百年もあの祠にひとりきりで、話し相手などいなかったからな」
「マルバンとはなにを話していたの?」
「主にスキルの話だな。マルバンのスキルのこととか、私の神聖術の話だ」
(マルバンのスキルのことは、僕ももっと聞いてみたいな。あの錬金術、かなりいろんなことができそうだし)
「この前の戦闘で、僕もすこしだけど、神聖術みたいなスキルを使うのに慣れてきた気がするよ」
「おお、それはよかったな、サイラス」
「うん。怪我をしているところに手をかざすと、自然と使えるみたいなんだ。盾のスキルも、頭のなかでイメージしたら、仲間を包むように球体状の障壁が張れるようになったんだ」
「すごいじゃないか。日々精進すれば、そのうちスキルを自由自在に操れる日も来るだろう。焦ることはない、自分を信じろ」
スキルを使いこなせていないことが悩みだったサイラスが、嬉しそうに自分のスキルについて話すのを、ルナは眩しいものを見るように空色の瞳を細めた。
「ありがとう、ルナ。あとは攻撃系のスキルがちゃんと使えるようになるといいんだけどね」
サイラスは照れくさそうに金髪の頭をかいた。
すると、そこに美しい栗色の髪をした少女が起きてきた。
「エミル、どうしたの?」
「えっと……戦闘ではまったくお役に立てないので、わたしが見張りをしても意味がないのはわかっているんですが、わたしだけずっと眠らせてもらうのは心苦しくて、眠れなくて……」
エミルは恥ずかしそうに微笑んで、ルナとは反対側のサイラスの隣に座った。
「そうなんだ。でも、そんなこと気にしないで眠ってていいのに。エミルはいつも食事の用意も片付けもしてくれてるんだし」
「そ、それに、サイラスくんとすこしお話もしたいなって思いまして……」
エミルと入れ替わるように、プラチナシルバーの髪をした魔導人形が立ち上がると、マルバンお手製の槍を持って、森のほうに歩き出した。
「ルナ?」
「ちょっとその辺を見まわってくる。ずっと座りっぱなしだと関節の動きが悪くなるからな」
(四百年間、祠のなかではどうしてたんだろう。たまに“体操”でもしてたのかな?)
サイラスは真面目にルナの関節のことが気になった。
ルナの姿が見えなくなり、ふたりきりになると、サイラスはすぐ近くにあるエミルの顔を意識してしまい、なにを話していいのかわからなくなった。
(この前、頬にキスをされてから、エミルの唇をまともに見られない……)
しばらくの間、気まずい沈黙が続いた。
耐えきれなくなったのか、エミルが先に口を開いた。
「あ、あの、サイラスくん。カレラから聞きました。その……もう魔王が魔界で復活しているって」
「うん」
「わたし、サイラスくんが魔王と戦わなければいけないって思うと、心配で心配で……怖くて……サイラスくんは、大丈夫ですか? 怖くないですか?」
(魔将が死ぬ前に言ってたことか。魔王国リアルジンの魔王は八百年も前に復活して、魔界で力を蓄えていたって。そして、虎視眈々とこの世界を狙っていると……)
「うん、大丈夫だよ。いますぐ僕ひとりで魔王と戦うのは難しいかもしれないけど、シリウスさんやソフィアさんみたいな心強い味方も増えたからね」
サイラスはエミルを安心させようと、すこし大げさに笑ってみせた。
「シリウスさんなんて、王国唯一の剣術士ランク10で、王家の剣術指南役で、たったの十歳で剣聖を倒したんだって。どんだけすごい人なんだろうね」
エミルは、サイラスがわざと明るく振舞っているのに気づいていた。
「サイラスくん。……サイラスくんは伝説の勇者ですけど、まだ記憶だって戻っていないんですから、無理だけはしないでくださいね」
「ありがとう。魔族の話では、魔王は勇者を探しているみたいだったから、早く鎧を手に入れて、いつでも戦えるように備えておかないとね」
(やっぱり、あんまり時間は残されてないんだ。魔王がこっちの世界にやってくる前に、もっと自由にスキルを使えるようにならないと)
思わずサイラスは両方の拳に力をこめた。
「わたしも、風の森のエルフ族に精霊術を教えていただいて、すこしでもサイラスくんのお役に立ちたいです」
エミルが宝石のような深い緑色の瞳を潤ませて、サイラスの顔を見つめてくる。ふたりの目が合った。
焚き火の炎のせいか、それとも別の理由か、エミルの頬が朱に染まる。
「え、エミル……」
ふたりの顔がすこしずつ、ゆっくりと近づいていく。エミルが目を閉じた――。
「ご主人さまっ! 交代のじかんだよ、だよ!」
「悪いな、サイラス。遅くなってしまったかな?」
焚き火の向こうから、ルナと、その腕にぶら下がったセフィがあらわれた。
(セフィ、ルナ、タイミング……!)




