2-21 ヴァレリア
ヴァレリアは街道の端にぐったりと座り込み、自分とシリウスを救った少年をぼんやりと見ていた。
疲れきった頭に、ひとつの思いが浮かんでくる。
(あの少年が本当に勇者なら……シリウスは勇者になんて、ならなくてすむんだ)
ヴァレリア・エル・キャスタル、十七歳。七支族のひとつ、ユヌリス大公家の分家、キャスタル公爵家の長女である。十九歳のシリウスとはふたつ違いの幼なじみとして育った。
幼いころから活発な少女だったヴァレリアは、同じ年ごろから剣の才能を際立たせていたシリウスにずっと憧れていた。シリウスが十歳になるころには、彼に勝てる者は腕自慢の騎士のなかにもいなくなり、ヴァレリアとの差は開くいっぽうだった。
そしてシリウスは、勇者候補筆頭として、ガリウス王国の人間なら知らぬ者はいないという人気者――剣光の貴公子と呼ばれるまでになっていった。
勇者は魔王を倒すためだけに存在する。シリウスならばきっと魔王を倒し、この国の英雄になるだろう。自分の幼なじみが国中から期待され、称賛される。それはヴァレリアにとっても誇らしいことだった。
それが誇らしいだけだったのは、幼いころまでの話だ。
十歳にもなると、ヴァレリアはシリウスのことを意識するようになっていた。憧れの剣の天才ではなく、ひとりの男の子として。だが、もうそのころには、勇者が魔王を倒すと次のガリウス国王になるのだということも、彼女は理解していた。
勇者はガリウス王家の王女と結婚し、次の王になる。
シリウスと結ばれることができるなら、正妻でなくてもかまわない。側室でもなんでも文句は言わない。ただ、彼のそばにいたい。ヴァレリアはそう思った。
だが、彼女にはそれさえも許されなかった。
ガリウス王国の王の側室には、七支族の娘のなかから金髪紅眼の者が選ばれる。ヴァレリアは金髪ではあったが、紅眼ではない。彼女の瞳は“碧眼”だった。
(たった、それだけのことで……)
ヴァレリアは絶望した。彼女の望みは根こそぎ奪われた。
だが、シリウスが勇者になるのなら、いっしょに魔王と戦う従者にはなれるかもしれない。幸い、彼女は一族に伝わる勇者のスキルを受け継いでいた。
たとえ結ばれることは叶わなくても、なんとしてでも彼のそばにいたかった。
それからのヴァレリアは、すこしでもシリウスに近づけるようにと、剣の腕を磨くために血のにじむような努力を重ねてきたのだった。
ヴァレリアとふたつ離れて、トロワール大公家の分家であるシスレート公爵家に女の子が生まれた。
ユヌリス大公家にはシリウスが。ドワンテロ大公家にはウルリックが。しかしトロワール大公家の男子に、金髪紅眼は生まれなかった。シスレート公爵家に生まれた女の子は、トロワール大公待望の金髪紅眼であった。
その女の子は、英雄王ガリウスの娘――トロワール大公家の始祖の名をとって、ソフィアと名づけられた。
幼いころ、なにもわからなかったヴァレリアは、七支族の子弟に女が少なかったこともあって、ソフィアとは仲良くしていた。だが、勇者と王家の関係について知るようになってからは、ヴァレリアはソフィアと距離を置くようになった。
(あたしは絶対にシリウスと結ばれることはないのに、あの女は……シリウスがガリウス王国の国王になったら、シリウスの側室になれる。ただ目が紅く生まれてきたというだけで……)
ヴァレリアは自分の目の色を呪った。だが、いくら呪ったところで、碧い瞳が紅く変わることはない。
それからのヴァレリアは、なにかとソフィアを敵視し、自分のほうが優秀であることを見せつけようとしてきた。
そんなヴァレリアの前に、突然、この少年があらわれたのだ。
勇者サイラス。どこから湧いてきたのか知らないが、確かに金髪紅眼で勇者の要素は備えている。青白い顔をしていて、とても強そうには見えない。それでも、自分の脚を神聖術で治し、あのシリウスがかなわなかった女魔族を倒した。
ヴァレリアは自分の碧眼を憎むようになってからは、めっきり神殿にも行かなくなり、神に祈ることもなくなっていた。
だが、今日ばかりは神に感謝したい気持ちだった。
(精霊神ルミナよ、感謝します。願わくは、この少年が無事に魔王を倒し、シリウスが勇者になんてなりませんように。国王にもなりませんように。あたしはシリウスを心の底から愛しているの。この世界の誰よりもあたしがシリウスを……)




