2-19 魔王
「ああん? なんだ、おまえは。……魔族か?」
ハレンダイトが目を細めて、ラツィの顔をじろじろと見る。
「ああ、アルージュの魔族だな。なんだって魔族が人族とつるんでんだ? 魔族の誇りはどうした? まあ、アルージュみたいな最弱の魔王国出身なら、人族の奴隷がお似合いかもしれないがなっ!」
ハレンダイトの言葉と同時に、砂の鞭がラツィに向かって勢いよくしなる。風を切って迫る鞭を、ラツィはほんのすこしだけ身体をよじってかわした。
「……そんなゆっくりした攻撃が、わたくしに当たるとでも?」
ラツィが唇の端をほんのすこしだけ歪めて笑うと、魔族の美少女の髪が炎よりも赤く光りだした。
「一本避けたくらいで偉そうに。はは~ん、おまえのスキルは火だな。そっちこそ、そんなもんがこの銀砂のハレンダイトさまに通用するとでも思ってんのかっ! これでも喰らいなっ!」
今度は二本の砂の鞭が、さらに勢いを増して魔族の美少女に迫った。
だが、ハレンダイトの鞭は、ラツィの前に突然あらわれた四体の一角馬の像によって阻まれた。
「なっ!」
二メートルを超える大きさの白いユニコーンの胸像が、同時に四体。ラツィはこれを自由自在に操る。ときには盾として。ときにはハンマーのように上空から敵に叩きつけ。ときには騎士のチャージ攻撃のごとく、その鋭い角で敵を貫き弾き飛ばす。
そして、さらに凶悪なことに――。
「……我が敵を地獄の業火で焼き尽くせ、《灼熱の騎士》!」
ラツィを守っていた四体のユニコーン像が、瞬時にリアルジンの女魔将を取り囲み、口からごうごうと紅蓮の炎を放射した。
凄まじい炎を浴びたハレンダイトの身体が、溶岩のように真っ赤に光っていく。
「あはははは、いくら火で炙ったところでアタシには無意味なんだよっ! アタシを燃やし尽くすことなんて、できっこないのさっ!」
全身を赤く光らせながらも、ハレンダイトは余裕の表情で叫んだ。
(すごい熱気だ)
すこし離れたところにいるサイラスたちも汗ばむほどの熱が伝わってくる。
しかし、しばらくすると突然、一角馬の口から勢いよく噴き出していた炎がぴたりと止まった。
「なんだい、マナ切れかい? あきらめな、あんたじゃアタシにはかなわない。これで終わりだよっ!」
リアルジンの女魔将が不敵な笑みを浮かべ、両手を上げて大きな技を繰り出そうとした、その瞬間――。
「……熱したものを急に冷やすと、どうなるか知っていますか?」
ラツィの声が、冷たく響いた。
「……大気よ、凍りつけ。《氷結の女王》」
ラツィがセフィのスキルを行使する。ハレンダイトの真っ赤に焼けた身体の表面が、一瞬で凍りついた。
「……主さま、いまです!」
「わかった!」
ラツィの言葉の意味を理解したサイラスが、身動きのとれなくなった女魔族の後ろから、思いっきり剣を突き出した。
「ぐわああぁぁぁああああ……っ!」
ハレンダイトの身体が、まるで床に落としたガラス細工のように砕け散った。女魔族の頭だけが地面を転がり、ラツィの足元で止まる。
首だけになったハレンダイトが、憎々しげにラツィを見上げた。
「あ、アタシを殺してもムダだよ……も、もう、魔王さまに、勇者の居場所は伝わったのさ……あの方はいつでもアタシたちのことを見てるんだ……」
「……おまえたちの魔王は、もう蘇っていると言うのですか?」
いぶかしむラツィに、ハレンダイトがあざけるような顔で答える。
「な、なにをバカなことを……魔王さまがお隠れになる期間はちょうど八百年。アタシたちの魔王リリアさまは……八百年前に復活して、リアルジンで力を蓄えていらっしゃったのさ。今度こそ人界を……人族を滅ぼすためにな……」
「……魔王が隠れる期間は八百年ちょうどですって……?」
驚くラツィの足元で、ハレンダイトの頭はさらさらと砂に還り、そして黒い灰となって消え去った。
後には魔晶石だけが残された。
「……それなら、なぜアルージュの魔王は……父さまは、未だに復活していないのですか……」
誰に問いかけるでもなく、ラツィはつぶやいた。
ラツィの父は魔王アノン。八百年前に勇者に討伐された。八百年ちょうどで魔王が復活するなら、とっくに蘇っていなければおかしい。
(ラツィは、ずっとお父さんの帰りを待ってるんだな……)
サイラスにはかける言葉が見つからなかった。




