2-17 助けて!
トロワールの騎士のひとりが、馬から飛び降りて、ソフィアの前に立ちふさがった。ソフィアをかばった騎士の胸を、砂でできた槍が貫いた。
「ぐはぁあっ!」
「きゃぁああああああっ!」
騎士が膝をつき、そのまま地面に倒れ込む。女魔族はにやにやと余裕の表情で、人間たちの顔をひとりずつ見まわした。
「そんなに焦らなくても、順番にみ~んな殺してあげるのに」
残ったふたりのトロワールの騎士と近衛騎士キーラが、ハレンダイトからソフィアとシリウスを守るように横一列に並んで壁を作る。
涙を流した目で見上げるソフィアの顔を優しく見つめて、キーラが言った。
「ソフィアさま、お逃げください。私たちなら大丈夫です」
「キーラ……」
状況は絶望的だった。
シリウスたちを見捨てて、キーラやトロワールの騎士たちを囮にすれば、ソフィアひとりだけならあの女魔族から馬で逃げ切れるかもしれない。
ソフィアはシスレート公爵家のひとり娘だ。大貴族の跡取りとして、家のことを考えるならば当然そうするべきだったろう。
だが、ソフィアにそんなことはできなかった。
キーラはソフィアが幼いころからそばにいて、ふたりは姉妹のようにして育った。キーラはソフィアのためなら喜んで生命を捨てるだろう。でも、姉のようなキーラを見捨てるなんて、ソフィアにはできない。
ソフィアの心に“金髪の少年”の顔が強く浮かんだ。
「助けて……助けて、勇者サイラス……っ!」
張り裂けんばかりに、ソフィアは空に向かって叫んでいた。
◆
「いま、なにか聞こえなかった?」
ふと足を止め、サイラスは人間よりも耳のいい猫人族のカレラを振り返った。
「ううん。ボクにはなにも聞こえなかったよ。でも、戦闘の音もしなくなってる。戦いが終わったのかな?」
(襲われた人たちが無事ならいいけど)
「……魔族の気配はまだあります。かなり減ってはいますが」
ラツィが、サイラスを見上げた。
「……あのひとつ大きな気配がパールの言っていた魔将でしょう。人族は魔力が少なすぎて、ここからでは気配がわかりません」
「つまり、人間側がどうなってるかはわからないってことか」
「……ええ。ただ、相手は魔将です。向こうもわたくしの気配に気づいているかもしれません。気をつけてください、主さま」
「わかった。急ごう」
サイラスはふたたび走り出した――。
◆
「おい、おまえ。いま勇者って言ったな? 勇者を知っているのか?」
興奮したハレンダイトが、ソフィアのほうに近づいてきた。
無意味だとわかってはいたが、キーラとトロワールのふたりの騎士が、決死の覚悟で剣を構え、ソフィアを守るために女魔族ににじり寄った。
「邪魔だよ」
ハレンダイトがハエでも追い払うように手を振ると、地面から生えた砂の鞭がしなって騎士たちを左右に弾き飛ばした。
「うわぁあっ!」
ソフィアを守る壁がなくなった。
魔王国リアルジンの女魔将が、シリウスを治療するソフィアを見下ろせるところまで、ゆっくりと歩いてくる。
「勇者がどこにいるのか知ってるなら、おまえだけは生命を助けてやろう。アタシを勇者のところへ連れていけ」
ハレンダイトが、金色の瞳で紺色のローブの少女をにらみつける。震え上がるほど怖かったが、ソフィアは気丈にも女魔族をにらみ返した。
「こ、ここにいる全員の生命を助けると言うのなら、わ、わたしが貴女を勇者のところまで案内しましょう」
声は震えていた。それでも、ソフィアはハレンダイトに自分の要求を突きつけた。
「わかった。アタシは勇者さえ見つけられればいいのさ。もう誰も殺さないよ」
生き残っていた魔族がウルスとヴァレリアを取り囲んでいたが、女魔族がそちらに目配せすると、魔族たちはしぶしぶと引き下がった。
「私もいっしょに行きます。私も勇者の顔を知っています!」
よろよろと立ち上がった銀髪の女騎士キーラが叫んだ。
「わかった、わかった。おまえもついてきな。でも、遅れるようなら置いていくからね。それで、勇者の居場所はここから近いのかい?」
「は、はい。そんなに遠くないと思います。馬ならすぐでしょう」
立ち上がり、キーラに肩を貸しながらソフィアが答える。
でまかせだった。でも、とにかく時間を稼ぎたかった。この女魔将さえシリウスたちから引き離すことができれば、彼らなら逃げ出せるかもしれない。
「そう。じゃあ――おまえたち、残りは殺して喰っちまいなっ!」




