2-16 シリウス
豪華な金髪を腰まで伸ばした女騎士が、魔族たちの手前で、疾走する馬から飛び降りた。そして、ひと言「《超高速機動》」と小さくつぶやくと、姿が見えなくなった。
完全武装した騎士が馬に乗り、敵に向かって突撃する――その威力は凄まじい。魔族に力では劣る人間の騎士ならば、騎兵の機動力を活かしてそのまま敵に向かって突っ込んでいくべきなのであろうが、彼女にはそれが当てはまらなかった。
《超高速機動》。
それが、ヴァレリア・エル・キャスタルのユニークスキルだった。
ユニークスキル《超高速機動》は、ガリウス王国の七支族のひとつキャスタル家に伝わる勇者のスキルである。短時間だが、人間の身体能力を肉体の限界まで高めることができる。その効果時間と強化の度合いは、スキル保有者の素の身体能力に比例する。
ヴァレリアはランク6の剣術士だったが、彼女の身体能力は七支族のなかでもガリウス王国最強の剣士と謳われるシリウスとウルリックに次ぐ高さだった。スキルを使用した彼女の動きは、並の剣術士では目で追うことすらできない。たとえ格上の剣術士であっても、彼女の動きを見切るのは困難だった。
次の瞬間、魔族の首がふたつ飛んだ。
時を同じくして、大型の魔獣をヴァレリアと挟むように反対側に向かっていた黒髪のマレス族の青年も、自分の馬から飛び降りていた。
「《獣神分身》」
魔族たちの前で、突然、ウルスが四人になった。
その内ふたりのウルスが正面から勢いよく二体の魔族に太刀を振り下ろし、魔族たちはそれぞれの武器でそれを受け止めた。と同時に、別のふたりのウルスの太刀が魔族たちの無防備な胸部を背後から貫いていた。
二体の魔族は、声を上げる暇もなく絶命した。
ちょうど四体の魔族がどす黒い灰となって消えてなくなったころ、プレートメイルの上に真っ赤なサーコートを羽織った金髪の騎士が、巨大な魔獣の前に進み出ていた。
魔獣は象くらいの背の高さだったが、横幅はその三倍くらいあった。見た目は足の長い亀といったところだ。
シリウスは馬に乗ったまま、魔獣からすこし離れたところで「《光の剣》」と叫び、両手で握った大剣で宙を切った。
刹那、シリウスの剣から白い光が伸び、剣が何倍にも長くなったかのように見えた。
白い光の刃は、上空から魔獣を真っぷたつに切り裂いた。同時に魔獣の上に立っていた女魔族も、白い光によって頭から斬られていた。
一体の魔族に必ず三人の騎士で当たるのが王国の正式な戦法だったが、シリウスのスキルはひと振りで十体の魔族を斬り伏せ、ひとりで百体の魔族を相手取ることさえできた。
ソフィアといっしょにシリウスのすこし後ろをついてきていたトロワールの騎士たちが、歓声を上げた。
「おお、シリウスさま。あんな巨大な魔獣を一撃で倒してしまうとは。さすがは勇者候補筆頭、ガリウス王国一の騎士。剣光の貴公子だ。シリウスさまがいらっしゃれば、魔族なぞ恐れるに足りませんな!」
ソフィアは興奮する騎士たちに声をかけた。
「わたしのスキルは、発動するまでにすこし時間がかかります。それまで、わたしの詠唱が邪魔されないように守っていてもらえますか?」
「かしこまりました辺境伯さま。我らこの生命に代えても、あなたさまをお守りいたします!」
三人の騎士とソフィアの近衛騎士キーラが、ソフィアを囲むように馬を巡らす。
地面に突っ伏して沈黙した巨大な魔獣の左右で、ヴァレリアとウルスも順調に魔族の数を減らしていた。魔獣の巨大な身体が真ん中から灰に変わって消えていく。すでに消えてしまったのか、女魔族の遺体は見えなかった。
「五つの世界を統べる我らが主神、神々の王。すべてを照らす光を支配せし雷帝ソラよ、我が名はソフィア・ニーナ・シスレート。汝に仕えし神聖術士にして、始祖ガリウスに連なる血を受け継ぎし者なり。偉大なるものよ、我が願いに応え、我が敵にその威光をもって裁きを与えたまえ」
ソフィアは高々と剣を空に掲げた。
「降り注げ雷の刃、《神の怒り(ケラウノス)》!」
ソフィアの詠唱の後、すこしの間があって、晴れわたっていた空に黒い雲が湧きはじめた。轟きと同時に走った稲妻が、十体ほどの魔族を消し炭に変えた。
「おお、さすがはソフィアさま。勇者候補だけに凄まじい威力のスキルですな!」
トロワールの騎士たちが、今度はソフィアのことをはやし立てる。
(わたしのことを、ほんとは勇者候補だなんて思っていないくせに……)
スキルを連続で使用できないソフィアは、心のなかでそう思ったが、すこしでも魔族を減らすことができて嬉しかった。
残りは十体ほどだろうか。四十体もの魔族がいると聞いたときは背筋が凍りついたが、それでもシリウスたちなら余裕なように思われた。問題なく殲滅できそうだった。
「さがるんだっ!」
シリウスが後ろに向かって叫んだ――そのとき、地面から鞭のようなものがシリウスを襲った。とっさにシリウスはそれを剣で叩き落としたが、別のもう一本の鞭が、乗っていた馬の脚を切断した。
シリウスは馬が倒れるよりも早く馬から飛び降りて、剣を構えた。
巨大な魔獣の上で頭から光の刃で斬られたはずの女魔族が、いつの間にかシリウスの前に立っていた。
「おい、おまえ。よくもアタシの乗り物を真っぷたつにしてくれたな。あれ、こっちに持ってくるのけっこう大変だったんだぞ。それに手下たちまで殺しまくりやがって。これから先、アタシひとりで魔王さまのご命令を遂行しなきゃならなくなっちまったじゃないか。まあ、アタシひとりでも問題なく遂行できるけど……って、だったら最初からひとりでこっちにくればよかったじゃないか! まるでアタシが無駄なことをしたみたいになっちまっただろ!」
紫の髪の魔族は、ぶつぶつと文句を言いつづけている。
「魔王だと……貴様、魔王の手先だなっ!」
シリウスは目にも留まらぬ速さで一歩を踏み出し、魔族の胴を横薙ぎにした。
魔族は動かなかった。シリウスの剣は確実に目の前の敵の胴を深く切り裂いていた。普通ならば致命傷のはずだったが、手応えがまるでなかった。
「おまえ、聞いてるのかっ! アタシは怒ってるんだぞ」
魔族は何事もなかったかのように、シリウスに向かって叫んだ。女の胴体はまだつながっているように見える。
「そうだな。殺す前に名乗っておいてやろう。アタシは魔王国リアルジンの第七魔将、銀砂のハレンダイトだ。魔王さまのご命令で勇者を探している。おまえが勇者のところまで案内できると言うのなら、おまえだけは殺さないでおいてやってもいいんだぞ?」
シリウスはハレンダイトの言葉を無視して、その胸を剣で突いた。剣はなんの抵抗もなく鍔まで突き刺さり、それどころか勢い余ってシリウスの腕まで相手の胸にめり込んだ。
「おまえ、まだわかんないのか。バカなのか? アタシには剣なんか通用しないんだよ!」
ハレンダイトがシリウスの顔を殴りつけた。それは硬い石で思いっきり殴られたような衝撃だった。
「ぐはっ!」
シリウスの身体は、ソフィアたちのところまで転がった。
「シリウスっ!」
その光景を見ていたヴァレリアが悲鳴のような声を上げ、スキルを使ってシリウスに駆け寄ろうとする。だが、それよりも早くその足元に地面から槍のようなものが何本も突き出し、女騎士の自慢の脚を襲った。
「うわぁあああああっ!」
太ももを貫かれ、脚を押さえて倒れ込むヴァレリアの後ろから、ウルスが走り寄り、女騎士を抱えて魔族から距離をとった。
シリウスは倒れたまま起き上がれなかった。ソフィアが近寄り、砕けた顎に手をかざして神聖術の治癒を試みる。
「ふん。人族は弱っちいね。本当によわよわだ! そんなんで魔王さまに逆らおうだなんて、とんでもないよ。こんなとこでウダウダしてないで、やっぱ街を次々に滅ぼしてまわるかね。そしたらそのうち勇者もやってくるだろうよ。うん、おまえたちはもういいや。皆殺しにする」
地面から伸びた無数の砂の槍が、今度はソフィアたちに向かって狙いをつけた――。




