2-15 ハレンダイト
ラグーツの街から南に伸びる街道は、風の森の近くで二方向に分かれる。風の森の北側に沿って東に進む道と、南の旧ガヤルド王国領に向かってまっすぐに進む道だ。
いまから千六百年ほど前、マレス族の国だったガヤルド王国は魔王リリアによって滅ぼされ、美しい草原だったその領土は魔獣が闊歩する荒れ地へと変わり果ててしまった。
それでも、その不毛な荒れ地の先にはファルカ族の国デュランダル王国があるため、そこで生産される品質のよい武具を求めて、商人たちや各国の騎士たちが危険を冒してでもこの地を訪れる。
ラグーツの冒険者ギルドには、デュランダル王国への護衛の依頼や旧ガヤルド王国領からあふれてきた魔獣の討伐依頼が常に貼り出され、腕に覚えのある冒険者にとっては、平和なガリウス王国のなかにあって仕事がなくなることのない数少ない理想的な場所だった。
そのラグーツから南に伸びる、いつ魔獣があらわれてもおかしくない危険な街道を、ふたりの騎士が駆る馬が砂煙を立てていた。
馬の主は、紺色のローブを着込み透けるように美しいショートカットの金髪を風になびかせる少女と、プレートメイルの上に紺色のサーコートを羽織った銀髪の女騎士だ。
ベガリア辺境伯ソフィアとその近衛騎士キーラのふたりは、風の森を目指して急いでいた。
勇者サイラスの仲間だったニーナが勇者の盾を持ち帰ったということは、同じく仲間だった剣聖パナメラや賢者フルリーヌも、勇者の三種の神器を持ち帰ったと考えるのが自然だった。
そうであれば、次にサイラスが向かう先は賢者フルリーヌの故郷、風の森ではないか――ソフィアはそう考えた。
勇者サイラスは、自分にとって生命の恩人である。シリウスたち捜索隊よりも先に、サイラスを見つけなければならない。
「それにしても、ソフィアさまがリーンでいつもの甘いものを出す店にも寄らず、勇者を探すために街を飛び出すなんて驚きました」
「な、なんですかキーラ。また、そうやって、わたしを子供あつかいして!」
「いえ、いえ。私は嬉しいのですよ。ソフィアさまが成長なされて」
「やっぱり子供あつかいしてますね! 今度あの店に行くときには、キーラは連れていってあげませんから!」
馬上で近衛騎士のキーラと軽口を交わしながらも、サイラスを無事に王都まで送り届けなければ――と思い、大好きな甘いものも我慢して先を急いでいたソフィアだったが、前方を行く騎馬を見つけて愕然となった。
それは、プレートメイルの上に王家の近衛騎士である証の真っ赤なサーコートを羽織ったくせっ毛の金髪の騎士と黒髪の猫人族の青年、プレートメイルの上に緑のサーコートを羽織った長い金髪の女騎士、そして黄色のサーコートを羽織った三人のトロワール大公国の騎士たちだった。
「しっ、シリウスさま……」
「これはこれは、ソフィア殿。やっぱりあなたも捜索隊に参加することにされたのかな?」
後ろから駆けてきたソフィアたちに気づいたシリウスが、屈託のない笑みを浮かべながら声をかけてくる。
「なんでシリウスさまが、わたしたちよりも先に……?」
「翌日に出発する捜索隊といっしょに行動しようかとも思ったのですが、人数が多ければそれだけ動きも遅くなると考えて、先に少人数で向かうことにしたのですよ。まあ、私たちなら問題もないでしょうし。それより、そんなに急いでソフィア殿はどこに向かわれるのかな?」
シリウスの横に並ぶ女騎士ヴァレリアが、鋭い視線でソフィアをにらんでくる。
「い、いえ、わたしたちも捜索隊よりも先に勇者の盾を見つけようと急いでいたのです。お、おじいさまに喜んでいただきたいと思いまして……」
「そうですか。それならここから先は私たちといっしょに行きましょう。魔獣が出るかもしれません。ふたりだけでは危険ですよ」
旧ガヤルド王国領が近いとはいえ、街道は安全だとソフィアは考えていたのだが、そうでもないのかもしれない。サイラスのことは心配だったが、断るのも不自然だし、ここはシリウスに従うしかないようだ。
「……わかりました。よろしくお願いします」
「ふん。あたしたちの足を引っ張らないでよね!」
ヴァレリアが大袈裟にそっぽを向く。近衛騎士のキーラが「う~っ」と唸ったが、ソフィアが手でそれを制した。
それでは行きましょう、とシリウスが馬を進行方向に戻したとき――。
「……向こうからなにか来る。集団だ。大きな奴も混ざっているようだ」
黒髪の猫人族の青年が、遠くを指差した。
ソフィアはマレス族の青年が指差す方向に目を凝らしたが、なにも見えなかった。マレス族は人間よりも何倍も耳や目がよいといわれている。なにかがこちらに向かってきているのかもしれない。
しばらくすると猫人族の青年――ウルスの言う通り、前方に徒歩の集団が見えてきた。離れていてもすぐにそれが旅の商人などではないことが、ソフィアにもわかった。
「魔族……!?」
鳥のような顔をしたもの、爬虫類のような顔をしたもの、背の高いもの低いもの、様々な姿をしたものがいる。数が多い。大きな魔獣の姿も見えた。
「こんなところに、あんな数の魔族があらわれるなんて……」
もしふたりだけでこの先に進んでいたらと考えて、ソフィアとキーラは震え上がった。
「三十……四十はいるかな?」
冷静なマレス族の青年が、人族よりも優れた視力を活かして魔族たちを数える。
「あのでかいのは私が引き受ける。ヴァレリアとウルスは左右からその他の魔族を頼む。トロワールの騎士の諸君らは私の後ろでソフィア殿を守ってくれ、離れるなよ」
シリウスが腰の大剣を抜き放ち、大型の魔獣を指し示した。
「面白いことになってきたじゃない。いくわよ、ウルス! どっちがたくさん倒せるか競争よ!」
ヴァレリアが馬の腹を蹴り、魔族の集団に向かって走り出した。
◆
吐き気をもよおすほどに、濃い血の臭いが漂っていた。ガリッ、ゴリッと、犬が大きな骨をかじるときのような音が辺りに響いている。
一台の馬車が街道に横倒しとなり、積荷が散乱していた。その周りには馬が二頭、人が六人倒れている。服装からすると商人とその護衛だろうか。そこになにかが群がっていた。
「おまえたち、確かにアタシはヒトもウマも喰っちまっていいって言ったけど、ちゃんとひとりは殺さずに逃がせって言っただろう。なんでぜんぶ殺して喰っちまうんだよ!」
大型の魔獣の上に立つ女の魔族が、死体に群がる魔族たちを怒鳴りつける。
褐色の肌に紫色の髪。女魔族は、なにかの皮でできた白い紐のようなもので申し訳ていどに身体を隠しただけの、ほとんど裸のような格好をしていた。
苛立ちを抑えきれず、手に持った長い槍の柄で、自らが乗っている魔獣の背中を思いきり突く。馬を食べていた魔獣が、甲高い悲鳴を上げた。
「ハレンダイトさま! 前方から馬に乗った人族がこちらに向かってきております!」
鳥のような顔をした魔族が、女魔族に報告する。ハレンダイトと呼ばれた魔族は、にやりと満足げに微笑んで、手下の魔族たちに叫んだ。
「よし、新しい獲物だ! おまえたち今度こそ、ひとりは殺さずに逃がすんだよ! 魔族の集団が暴れてるって、ヒトの街まで報せにいかせて、勇者をおびき寄せるんだ。いいね!」
「ウオオオオオオ~」
四十体ほどの大小様々な魔族たちが得物を掲げて、その声に応える。
「このアタシが真っ先に勇者を見つけて、魔王さまに褒めてもらうんだ。どうせなら街のひとつでも滅ぼしちまおうかねぇ。そのほうが勇者が慌てて駆けつけてくるかもしれないじゃないか。ふふふ、ははは」
ハレンダイトは槍の切っ先を舐めながら、不敵な笑い顔を浮かべた。




