2-4 服屋
「……あ、あの、お名前を――」
赤毛の受付嬢がなにか言いかけたが、サイラスは袋の中身を急いで確かめると、逃げるようにギルドを後にした。
「にゃはは、言ったでしょ? 窓口の人は強引だって」
跳ね扉を押して追いかけてきたカレラが、楽しそうに笑う。
「それはそうなんだけど……最後の“あっ”は、たぶん、別の話だよ」
サイラスは金貨の袋を懐にしまいながら、ギルドの扉を振り返った。黒い建物の窓から赤毛の頭がまだこちらを見ているような気がして、思わず目をそらす。
「あー、サイラスの目に気がついちゃったのか」
「うん、たぶんそうだと思う」
「ギルドのなかは薄暗いから大丈夫だと思ったんだけどね~」
カレラは自分の黒い髪を指先でくるりと巻いた。
(赤い目のことはちゃんとわかってたのに、すっかり頭から抜けてた。気をつけないと……)
ギルドの前の通りでは、仲間たちが大人しく待っていた。戻ってきたサイラスに気づいて、エミルがぱあっと笑顔になる。
「いかがでしたか? サイラスくん」
「うん、あの小さいのひとつで金貨三十枚になったよ」
「それはすごいです。金貨三十枚もあれば、普通の家族なら二ヶ月は暮らせます」
「小さいのでそれなら、あの大きなほうの魔晶石であれば、金貨三千枚くらいの価値はありそうでありますね」
なぜか魔族の執事が胸を張った。
「はう、さ、三千枚!?」
エミルが目をまわしている。
「高く売れたのはよかったんだけど、ギルドの人が僕の赤い目を気にしてたみたいだったから、次に換金するときは誰かに行ってもらったほうがいいかもしれないな」
「……やはり、主さまはすこし目立たない格好をする必要がありそうですね。せっかくお金も手に入ったのですから、顔を隠せるようなフードつきの外套を買ってはどうですか?」
(それ、いまこの場で一番目立ってる人が言う?)
セクシーなメイド服姿のラツィの提案に、サイラスは心のなかだけでツッコんだ。
「そうだな。僕もだけど、ルナもかなり目立つから、ルナの分も買ったほうがいいだろうし、マルバンの服も直すか買うかしないとね。よし、宿を探す前にみんなで服屋に行こう。カレラ、案内してくれるかな?」
「はい、にゃん」
◇
ラグーツの街の真ん中には円形の広場があり、北側には白亜の創造神ソラ神殿と、その隣に金色の丸い屋根が特徴的な精霊神ルミナ神殿が建っていた。神殿の左右には高級そうな服屋やレストランが並んでいる。
もっと早い時間であれば露店も出ていたのだろうが、いまは店じまいをしているところがほとんどで、代わりに夕食の屋台が並びはじめていた。
金色の丸屋根が、沈みかけた夕日を受けて鈍く輝いている。気がつくと、エミルが足を止めて、その屋根をじっと見上げていた。
「エミル?」
「あ、ごめんなさい。綺麗だなって、つい……」
「精霊神ルミナさまの神殿だよ。ソラさまの神殿は大きな街ならどこにでもあるけど、ルミナさまの神殿がこんなに立派なのは珍しいんだ。川と温泉の街だから、自然を司る女神さまとは縁が深いんだって」
カレラが目を細めて神殿のほうを眺めると、エミルは、もう一度だけ金色の屋根を振り返った。
「ここら辺は新品を売ってる店ばっかりだけど、この街の客はお金持ちの貴族さまじゃなくて、湯治客と冒険者が大半だから、そこまで高級ってわけでもないんだ。それに、オーダーメイドじゃなければすこしは安いしね」
歩きながらカレラが一軒の服屋を指差した。
「ただ、既製品はあんまり種類も在庫もないから、身体に合ったものは選べないかもしれないけど」
カレラの話にうなずきながら、サイラスはおしゃれな店の扉を開いた。
店のなかは、外の喧騒が嘘のように静かだった。壁際の棚には畳まれた布地が色ごとに並び、奥の作業台では初老の女店主が針を動かしている。六人もの客がぞろぞろと入ってきたのを見て、店主は針を止めて顔を上げた。
「いらっしゃい。旅の方ですね。今日はなにをお探しで?」
「フードつきの外套を二着と、それから――」
サイラスが指を折って数えていると、店主の視線が、ルナのプラチナシルバーの髪に吸い寄せられた。
「まあ……なんて綺麗な髪。まるで、お人形さんみたい」
「魔導人形だ」
ルナが平然と答えた。店主はころころと笑って、それきり気にするようすもない。冗談だと思ったらしい。
(いや、本当なんだけど。まあ、信じてもらえないほうが都合はいいか)




