2-2 ラグーツの街
サイラスたちはエミルの願い通り、ウリエル川とラファエル川が合流してダヌビス川になる場所をゆっくりと見学した。寝坊助な魔族たちを叩き起こして、早朝に出発した甲斐もあり、夕暮れ前にラグーツの街へたどり着くこともできた。
ラグーツは、千六百年前に魔王リリアに滅ぼされたマレス族の国――ガヤルド王国との国境に位置する街だ。街の東を流れるダヌビス川を船で三日ほど北上すれば、トロワール大公国の首都リーンに至る。
南にすこし下ればリリアの奈落がある旧ガヤルド王国領ということもあり、ラグーツの街は魔族の侵入を防ぐ最重要拠点として、大昔に造られた高い城壁に囲まれていた。城壁には三つの塔がそびえ、それぞれの頂上には巨大な弩が据えられている。外から眺めると、街というよりも武骨な要塞そのものだった。
街の入り口にはプレートメイルの上に黄色いサーコートを羽織った騎士と、武装した衛兵たちが立ち並んでいる。
その厳重なようすに、魔族を連れているサイラスは手のひらに汗をかくほど緊張していたのだが、衛兵たちはちらりと顔を見ただけで、あっさりと通してくれた。
「ダヌビス川、すごかったですね、サイラスくん。あんなに広くて大きいなんて、想像以上でした」
街に入ると、緊張から口数が減っていたエミルが、ほっとしたのか頬を赤らめて話しかけてきた。
「うん。すごく大きな川だったし、船もいっぱいだったね。――それにしても、あんなに物々しい城壁なのに、街に入るのって意外と簡単なんだな」
「にゃは。この街は温泉でも有名で、湯治客とか商人とか、いろいろな人が来るんだよ。千客万来ってやつだね。だから、いちいち厳しく調べたりはしないんだ」
何度もこの街を訪れたことがあるカレラが説明する。
「魔族のことは一応、警戒してるみたいだけど、街の近くに魔族が出たりしたら冒険者やクルセイダーたちに狩られちゃうから、街に魔族が侵入したなんて事件は、もう長いことないんじゃないかな」
(人の姿をした魔族がいるなんて、誰も思ってないんだろうな……)
後ろを歩くラツィとマルバンを振り返りながら、サイラスはほっと胸をなでおろした。
通りに面した家々の屋根の間から、白い湯気がいくつも立ちのぼっている。暮れかけた空に溶けていくその湯気を、エミルが目を丸くして見上げた。
「煙がたくさん出ています。あれ、火事じゃないですよね……?」
「あれは、温泉の湯気だよ。この街は、地面を掘ればどこでもお湯が湧くんだ」
カレラが人族よりも敏感な鼻をぴくぴくさせながら、エミルに笑いかけた。
「それにしても、にぎやかな街ですね。もう夕方なのに、まだこんなに歩いている人がいます」
エミルが周りを見まわして、嬉しそうに微笑んだ。
「……それで、まずはどこに向かいますか? 我が主さま」
サイラスのマントの裾を後ろからそっと引いて、ラツィが聞いてきた。
「うん。最初に冒険者ギルドに行って、魔晶石を換金してみたいんだ。小さいのがいくらになるのか知りたいし。それに、冒険者登録もしてみようかなって」
その言葉に、カレラが慌てて首を振った。
「いやいやいや、冒険者登録はやめたほうがいいと思うよ~」
「ん? なんで?」
「なるほど――」
カレラの隣にいたマルバンが腕を組み、感心したようにうなずいた。
「冒険者登録をすると、担当の神聖術士にご主人さまが勇者であることがわかってしまう。ということでありますね」
「はう! サイラスくんが勇者だって知られたら、街中が大騒ぎになってしまうのではないでしょうか……?」
心配そうにエミルがサイラスの顔を見上げた。
「なるべく勇者だということは他の者に知られないほうがいい。冒険者登録はあきらめるしかないだろうな」
サイラスの後ろに立つルナも腕を組んで同意する。
「……ふふふ。しばらく、主さまは人族の街では目立たないようにしておいたほうがよさそうですね」
ラツィが楽しげに小さな赤い唇を歪ませた。
「わかった。それじゃあ、換金だけしてくるよ」
サイラスはすこし残念そうな声を出した。自分のランクも調べてみたかったのだが、ここは素直に仲間たちの意見を尊重する。
『スキル《ランク判定》を発動します。サイラスの勇者ランクは“判定不能”です……』
(えっ? いまのはなんだ……)
頭のなかでいつもの声が聞こえた気がしたが、考える間もなくかき消えた。




