2-1 ベガリアへ
ガリウス王国歴千六百二十五年。現在から四百年前――。
三年前、勇者ライアスは己の生命と引き換えに、魔王ギリヨンに瀕死の重傷を負わせた。魔王軍は魔界へ撤退し、世界には束の間の平穏が訪れた。
だが、勇者の死からわずか三年。ふたたび魔王軍がベガリア王国の南に出現したとの急報が、ガリウス王国に届いた。
亡きライアスに代わり、三種の神器が新たに勇者として選んだのは、ライアスのひとり息子サイラスであった。
サイラス・アルタイリ・セットリア、十五歳。ガリウス国王から魔王討伐の勅命を賜ったのは、ちょうど彼が成人を迎えた月のことだった。
勇者となったサイラスは、王国軍の派兵を待たなかった。父の仲間だったマレス族の剣聖パナメラと、エルフ族の賢者フルリーヌのたったふたりだけを伴い、すぐに王都を発った。
途中のラグーツで、王都から乗ってきた船の倉庫に隠れていた幼なじみのニーナ・エリカ・シスレートを見つけ、王都に送り返そうとしたものの、シスレート家からの強い要望もあり、勇者の従者として同行させることになった。
一行はいま、ラグーツから馬車でベガリア王国の王都ベガリスを目指している。
◇
「俺たちが向かってるベガリアって、どんなところなんだ?」
隣で手綱を握るパナメラのほうを見もせず、サイラスがいつも通りの無表情で、興味なさそうに尋ねた。
「魔王軍に荒らされちゃいるけど、王都よりも暖かくて、綺麗ないいところだよ。ワインが名産でね。おまえの父親とは毎晩のように飲んだもんさ」
「魔王に攻められてるのに、のんきなもんだな」
「戦ってたって、飯も食うし、ワインくらい飲むさ。兵士だって怖いんだよ。明日は死ぬかもしれないって思いながら戦ってるんだから。それで馬鹿騒ぎして、忘れるのさ。まあ、酒も飲めないお子様にはわからないだろうけどね」
サイラスの表情は変わらない。
パナメラは横目に金髪の少年の青白い顔をうかがった。
この少年は小さなころからどこか普通の子供とは違っていた。落ち着いているというよりも、感情がない。だから、恐怖から逃れようと酒に溺れる人間がいたとしても、きっと彼には理解できないだろう。
パナメラは、彼が生まれてから一度も恐怖を感じたことがないのではないかと思った。
彼の父親は違った。ライアスは普通の人間だった。だからこそ兵士たちの恐怖も理解できたし、鼓舞することも忘れなかった。勇者としてだけでなく、将軍としても一流で、ライアスがいれば魔王軍にだって負けないと誰もが信じていた。
だが、その常勝無敗の勇者でさえ、魔王にとどめを刺せず死んでしまったのだ。
「ちょっと、サイラス。聞いてるのかい?」
「聞いてる」
「おまえさ、いくら強くても、ひとりの力には限界があるんだよ。敵は魔王率いる一万を超える魔族の軍勢なんだ。仲間を信用しなきゃ、ライアスみたいには――」
「父さんの話はいい」
途中でさえぎられて、パナメラは口をつぐみ、話題を変えることにした。後ろの客室に座る小柄な少女を振り返る。
「それにしても、始祖ガリウスの血を引く女は積極的なのが多いんだね。サイラスの母親のアレクサンドラも、王女のくせに駆け落ちしようとして捕まったんだったよな?」
サイラスの母アレクサンドラは、ガリウス王家の王女だった。十五歳の成人の祝典で、初めて会ったライアスに一目惚れし、ライアスがユヌリス大公国に帰る馬車に忍び込んで捕まったという逸話がある。その後、ライアスが勇者に選ばれると、ふたりは正式に結婚することになった。つまり、サイラスはガリウス国王の孫にあたる。
パナメラのからかうような声を無視して、サイラスは客室に向かって口を開いた。
「大丈夫か、ニーナ。ふつう、馬車ってこんなに揺れるもんなのか? パナメラは馬の走らせ方も乱暴だから、気持ち悪くなったら言えよ。止めるから」
「“も”ってなんだ、サイラス! あたしがなんでもかんでも乱暴みたいな言い方じゃないか! 急いでるんだし、街道が舗装されてないんだから、揺れはあたしのせいじゃないよ!」
「だ、大丈夫です。わたしのことは心配しないで。こう見えて、乗り物にはけっこう強いんです」
すこし青い顔をしたニーナが、客室から御者台のふたりに声を返した。
「私のことは心配してくれないのですか、サイラス? 森で暮らすエル・フは、人族よりもずっと繊細なのだけれど」
緑がかった長い金髪の美しいエルフの女性が、客室から声をかけた。
「フルリーヌは図太いから、大丈夫だろ」
「ああ、それはあたしもサイラスと同意見だね。もし、この馬車がこなごなに壊れるような事故があっても、おまえだけは怪我もしなさそうだよ」
「あら、それはどういう意味かしら?」
フルリーヌが眉をひそめて、傍らの大きな杖に手をかけた。
「すこし先の川沿いの森のなか」
不意にサイラスの声の調子が変わった。
「魔族が三体、人間が三人。人間が襲われてるのか? 一体だけ、ちょっとヤバそうなのがいるな」
馬車がちょうどベガリア王国との国境に差しかかった辺りだった。
「パナメラとフルリーヌは、ニーナを守って後から来てくれ。俺がひとりで見てくる」
「あたしにはなんにも聞こえないんだけど。すこし先って、どのくらいだい?」
猫人族は人間の何倍も耳がいい。その猫人族でも聞こえないほど遠くの気配を、この少年は捉えている。パナメラの問いには答えず、サイラスは鮮やかな黄色の大きくて丸い盾をつかんで、走る馬車から飛び降りた。
「マキナ、《超高速機動》を発動」
斜め前に着地した少年は、人間とは思えない速度で馬車を置き去りにして走り去った。
「おい、サイラス! 勝手にひとりで行くなって言ってるだろ!」
少年の背中はもう見えない。パナメラは舌打ちした。
「まったく、仲間をなんだと思ってるんだか」
「ふふふ、まあまあ。あれでも、サイラスは私たちを危ない目に遭わせたくないのだと思いますよ」
フルリーヌが穏やかな表情を浮かべて、御者台に座るパナメラをなだめる。
「サイラス、ひとりで大丈夫でしょうか……」
ニーナが小さな声でつぶやいた。
「あの子はライアスの息子。強いのは間違いないよ」
パナメラは手綱を握り直しながら、ぽつりと続けた。
「――でもね。勇者を守るのがあたしの役目なんだ。ひとりで行かれると、ちょっと情けなくなるよ」
「サイラス……」
残された三人は、それぞれの想いを胸に、サイラスが消えた街道の先を見つめたのだった。
「記憶喪失勇者」2-1を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
さいらすと申します。
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2章がはじまりました! 2章は400年前の話がちょくちょく出てきます。
2-2からは現在に戻ります!
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パナメラのイメージ画像をChatGPTに描いてもらいました!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




