1-7 帰らずの勇者
「エミルは料理の天才なんですよ。この子が作るとなんでも美味しくなるんです」
コロネが娘の肩をぽんぽんと叩いて、誇らしげに笑った。
「母さま、天才だなんて、大げさです……」
エミルは褒められても喜んだようすもなく、ただ、恥ずかしそうにうつむいてしまった。
(天使みたいに可愛いけど、緊張してるのかな。まあ、知らない男が家にいたら当然か)
その後もエミルは、ほとんど会話に加わらなかった。
母に代わって料理を取り分け、酒を注ぎ、自分の皿にはあまり手をつけず、美しい栗色の髪を揺らして忙しく動いていた。
それでも、和やかに夕食は進み、しばらくしてすこし顔の赤くなったトリマンが、先ほどサイラスの名前を聞いて言いかけたことを話しはじめた。
「このガリウス王国には“帰らずの勇者”という言い伝えがあるんです」
「帰らずの勇者?」
サイラスはトリマンを見ながら、首をかしげた。
「はい。いまから四百年前、ベガリア王国に魔王があらわれて、その討伐のために勇者ライアスとその仲間たちが北のガリウス王国から旅立ったんです。ですが、勇者ライアスは魔王との戦いで生命を落とし、数年後に息子のサイラスが魔王を討ち取ったんです」
(……いま、サイラスって言った?)
トリマンは真剣な目で、サイラスの顔をじっと見つめた。サイラスはわけがわからず、どぎまぎしてしまう。
「これまでも、二千年前に魔王を倒し、統一王国を建てた始祖ガリウス。千六百年前に魔王を倒した勇者シリウス。千二百年前に魔王を倒した勇者ウルリック。そして、八百年前に魔王を倒した勇者レギウス――」
「ちょっと待ってください! 勇者って、そんなにいるんですか?」
サイラスは思わずテーブルに身を乗り出し、はっとして、すぐに椅子に座り直した。
トリマンは、さも当然といった顔をして顎ひげをいじった。
「ええ、魔王は二千年前から四百年ごとに魔界からこの世界にあらわれるんです。この国に住んでいたら、小さな子供でも知ってる話なんですよ」
(四百年ごとに魔王があらわれる!? どういうことなんだ……)
サイラスは理解が追いつかなかったが、トリマンが自分の名前に驚いた理由を知りたくて、先をうながした。
「なぜ、四百年ごとなのかはわかりません。ですが、魔界から魔王があらわれると、始祖ガリウスの子孫のなかから必ず勇者があらわれ、魔王を討伐してきたんです。そして、勇者は国に帰り、次のガリウス国王になりました。でも、四百年前に魔王を倒したサイラスだけは戻ってきませんでした。彼は王になることもなく……どこかに消えてしまったんです」
トリマンはそこでちょっと言いにくそうに口ごもったが、あきらめたように言葉を続けた。
「この国では勇者の名前を子供につける親は多いんです。でも……魔王に討たれたライアスと戻ってこなかったサイラスの名前はその……不吉とされていて、子供につける親はほとんどいないんです」
(サイラスって、不吉な名前だったんだ……)
(……名前しか、覚えてないのに)
「では、なぜ金髪と赤い目を気にしていたのですか?」
サイラスがもうひとつの疑問を口にする。
「金髪は別に珍しくありません。ですが、赤い目は――金色の髪に真紅の瞳は、ガリウス王家の血を引く者の特徴だといわれてるんですよ」
「王家の血!?」
「わたしは、あなたさまのような目をした人をこれまでに見たことがありません。王家の血を引く者が真紅の瞳をしていると話には聞いていても、こんな田舎に住むただの平民が、王家の人間を見る機会なんてめったにありませんからな」
(僕の赤い目は珍しいのか……)
「もちろん、帰らずの勇者サイラスも金色の髪で真紅の瞳だったといわれています。その気品のある顔立ちといい、上等な衣服といい、あなたさまはもしかしたら、どこかやんごとなき家のご子息なのかもしれませんな!」
トリマンは愉快そうに笑った。
(気品のある顔立ち、って言ってもらえたのは嬉しいけど、やんごとなき家のご子息なんて柄じゃないよね……たぶん)
ふと気づくと、コロネが夫の巨体越しに、エミルを見ていた。
「さて、今晩は特別な夜ですから、とっておきを出しますよ。昔、王都で買った年代物のちょっと高いワインがあるんです。それを開けましょう」
「勇者さまっ!」
それまで静かにトリマンとサイラスの話を聞いていたコロネが、突然、大きな声を出した。
サイラスは驚いて、コロネの顔を見た。
「どうしたんですか? コロネさん。それに、勇者さまなんて」
「わたくし、勇者さまにお願いがあるんです……」
その声は先ほどまでの穏やかなものと違って、かなり切迫していた。
急なコロネの変化にサイラスは面食らい、どう返事をしたらいいのかわからなかった。
エミルに目をやると、顔を青くして、両手をぎゅっと膝の上で握りしめている。
「こら、やめんかっ!」
トリマンが怒ったような顔で、自分の妻をたしなめた。
「妻はすこし飲みすぎたようですな。すみませんが、わたしたちは先に休ませてもらいます」
そう言うと、トリマンは妻の肩を抱えて立ち上がらせ、急ぎ足で階段へ向かった。
コロネは一度だけ悲しそうな顔で、サイラスを振り返ったが、夫に連れられて素直に二階へ上がっていった。




