1-66 ???
まだ朝日が昇りはじめたばかりの薄暗い早朝だというのに、雪のように白い髪をした少女が、楽しげにトロワール大公国の首都リーンの平民街を歩いている。
十歳ほどだろうか。あどけない表情を浮かべているが、将来が楽しみな美しい顔立ちをした少女だった。
少女は髪の色と同じ白いドレスを着ていた。キラキラと光るレースが縫いつけられた、貴族の令嬢か裕福な商人の娘にしか着ることのできないような高価そうなドレスだ。靴だって、一流の職人によって丁寧に作られたことがひと目でわかる上等な代物だった。
その格好は、平民街には明らかに場違いである。
こんな朝早くに、そんな格好をした少女がひとりでいたら、ガラの悪い連中にさらわれるのではないかと、誰もが心配するような状況だった。
真っ白な大理石を贅沢に使って、ダヌビス川沿いに建てられた巨大で荘厳な創造神ソラの大神殿が、背後から朝日に照らされて輝きはじめた。
神殿の入り口に面した中央広場から西の宿屋街に向かって、少女は長く伸びた神殿の影が落ちる石畳を、まるでスキップでもするかのように進んでいく。
そこに、少女とは反対の方向から、人のよさそうな笑みを浮かべたひとりの老人が歩いてきた。少女に気がついて、近づいてくる。
「お嬢ちゃん。こんなに朝早く、こんなところで、ひとりでお散歩かい? お父さんかお母さんは近くにいないのかい?」
「死ね――」
少女は、冷たい目でちらりと老人を一瞥しただけだった。
「うごぁ!?」
老人は身体を痙攣させ、自分の胸をかきむしるように押さえると、そのまま横に倒れて動かなくなった。
「いいことを思いついたのだわ」
少女は老人にはまったく目もくれず、笑うのをこらえきれないといった顔でひとり、つぶやいた。
「勇者は殺しても、またすぐに別の勇者があらわれてしまう。なら、勇者は生きたまま捕まえて、殺さずにずっとわらわのそばに置いておけばいいのだわ。そう、わらわを殺したあの勇者を捕まえて、ずうっと、ずうっと、永遠にわらわのそばに……」
ふと、少女は立ち止まり、右手の人差し指を自分の顎にあてて、思案げな顔をした。
「そうなのだわ、わらわの身体も、もうすこし大きくて丈夫なものに取り替えるのだわ。あの勇者の隣に並べてもおかしくないように」
少女は氷河のように冷たい光を放つ銀色の瞳を細めて、西の空を見た。
そして、大きな声で笑いだした。
「ふふふ、あはは、あはははははははっ!」
早朝の広場に、少女の笑い声だけが響いていた。
◆
ガリウス王国歴千六百二十五年。
「あいつ、本当にわけがわかんねぇ。まったく可愛くないやつだよ!」
黒髪のマレス族の女剣士が、吐き捨てるように言った。
そこはベガリス城から北に一日ほど歩いたところにある、小さな集落に隣接した森のなかだった。
森のほぼ中央には広場のように開けた場所があり、その真ん中にひときわ太くて大きな白い木が生えている。
すでに日は落ちていた。勇者サイラスの仲間だった三人の従者――剣士パナメラ、賢者フルリーヌ、神聖術士ニーナは、疲れきった顔で大樹に寄りかかるようにして座り込み、焚き火に照らされていた。
「サイラスが消えてしまっただなんて、まだ信じられません」
瞳の色と同じ緑色のローブを着た、若葉色を帯びた長い金髪の美しいエルフ族の女――フルリーヌが焚き火を見つめながらつぶやいた。
「女神ルミナは、サイラスが四百年の眠りについたと仰せになりました。ふたたび魔王がこの世界にあらわれるとき、サイラスもまた目を覚ますと……」
透き通るような金髪を肩の辺りで短く切りそろえた少女――ニーナが、いまにも泣きだしそうな表情で言った。
「だからって、なんであいつはひと言の相談もなく、別れの挨拶もなく消えちまったのさ! いくらなんでも薄情すぎるってもんだろ! 旦那を亡くしたアレクサンドラに、どんな顔して息子もいなくなりましたって伝えればいいのさ!」
パナメラは近くに落ちていた木の枝をつかんで、遠くに投げ捨てた。
「サイラスは、私たちのことを本当に仲間だと思っていたのでしょうか? 魔王だって、彼がひとりで倒してしまったのですし……」
「……」
「……結局、あたしたちはあいつのことをなんにもわかってなかったってことさ。こんなにちっこいころから、そばにいたってのにさ」
「それだけ、サイラスはエミリアさまのことを想っていた、ということではないでしょうか……。彼女が亡くなって、もうこの世界にいるのが嫌になってしまったのではないでしょうか……」
「ニーナ……」
しばらくの間、沈黙がその場を支配した。ぱちぱちと焚き火の音だけが、静かに森のなかに響いている。
「それで、ふたりはこれからどうするのですか?」
フルリーヌが、傍らに置かれた白い布に包まれた大きな荷物を、膝の上に抱え上げた。
「わたしは国に戻ろうと思っています。でも、その前にこの盾をどこかに隠さないと……」
ニーナは大切そうに、白い布に包まれた盾をなでた。
「なんで盾を隠す必要があるのさ?」
「盾を持ったまま国に帰れば、取り上げられてしまうでしょう。あと一ヶ月くらいは誰にでも盾を動かすことができると、女神ルミナは仰せになりました。そうしたら盾は王都に運ばれて、王城の地下に保管されてしまいます。四百年後にサイラスが目覚めても、盾を手に入れることが難しくなるでしょう」
ニーナは優しく微笑みながら、パナメラを見つめた。
「わたしは国に戻って、この盾を守れる魔導人形を創ろうと思っています。四百年後のサイラスに、わたしの代わりに盾をわたしてくれるような、最高の魔導人形を創ります」
「それなら、あたしも師匠と暮らした森にでも帰って、この剣を守れるような剣士でも育てようかね」
パナメラは白い布に包まれた剣を持ち上げた。
「私もこの鎧を自分の森に持ち帰りましょう。私はふたりと違って、四百年後にもまだ生きているでしょうから、サイラスに直接この鎧を手わたします。それにしても、鎧が思ったよりもずっと軽くて助かりました。そうでなかったら、どうやって運べばいいのかわからないところでした」
フルリーヌも、膝の上の白い布に包まれた鎧を、両手で持ち上げてみせた。
「そうだフルリーヌ! 四百年後にサイラスがおまえのところに訪ねてきたら、あたしの代わりにひっぱたいてくれ。この薄情者って」
マレス族の女剣士が真っ赤な顔で、エルフ族の女賢者に詰め寄った。
「ふふふ、わかりました。私がパナメラの分もニーナの分も、思いっきりサイラスの頬をひっぱたいてあげます」
「わっ、わたしの分はその……すこし手加減をしてあげてください」
ニーナが慌ててそうつぶやくと、ふたりは久しぶりに声を出して笑ったのだった。
「記憶喪失勇者」1-66を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
さいらすと申します。
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※『勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~』
※本編の800年前のお話です。
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挿絵をChatGPTに描いてもらいました!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




