1-58 魔装具
剣聖の里の宴は、夜中まで続いた。
酔いつぶれた者、踊り疲れた者から順に、広場にごろりと倒れ込んで寝てしまい、最後には誰もがその場で寝息を立てていた。
そうして朝が来た。
夜中まで騒いでいたというのに、剣聖の里の朝は早い。まだ薄暗いうちから大人たちはてきぱきと後片付けを終わらせ、子供たちは走り込みや素振りを始めている。
「ほらほら、起きて! 起きて! 朝ご飯だよ!」
カレラに無理やり起こされた。朝に弱い魔族たちは、まだ寝ぼけているように見える。ちゃんと起きているのは、エミルと、そもそも寝ないルナだけだ。
広場を囲む建物のひとつに案内され、テーブルにつくと、すでに朝食が用意されていた。焼き魚と白いご飯に味噌汁だ。
(なんだろう、この朝ご飯。すごく落ち着く……)
忙しく動くマレス族の女性たちを眺めながら、サイラスが話しはじめる。
「昨日あんなに飲んだのに、里の人たちはみんな元気だね」
「にゃはは、みんなお酒が強いからねぇ」
向かいに座ったカレラが、黒い猫耳をぽりぽりとかいた。
「でも、この里の人間はみんな、勇者が来てくれて、岩に刺さった剣を引き抜いてくれて、本当に嬉しかったんだよ。自分たちが守ってきたものが、本物だったってわかったわけだし。だから、ありがとね、サイラス」
「お礼を言われるようなことはしてないよ。僕だって、剣が必要だったわけだし」
「そういう謙虚なとこ、好きだよ」
にゃはは、とカレラは笑う。
「それで、次は勇者の鎧だよね? どこにあるの?」
「勇者の鎧は“風の森”のエルフ族の集落に安置されている!」
テーブルに突っ伏して二度寝を始めたラツィの肩の上から、パールが突然叫んだ。
「うにゃっ!?」
カレラは黒い瞳を丸くした。
「驚いたよ、このフクロウしゃべるの!?」
「パールはしゃべるだけじゃなくて、スキルで三種の神器の場所もわかるんだ」
「スキルを持ったフクロウ?? すごいねぇ。でも、よりによって、エルフ族の集落かぁ」
カレラは猫耳を寝かせて、困ったように唸った。
「やっかいな場所なの?」
「うん、エルフたちは森の奥深くに住んでるんだけど、その森がまるで迷路みたいになってて、普通の方法では集落にたどり着けないっていわれてるんだよねぇ」
「迷路か……ラツィのスキルで森を焼いて進む、ってわけにもいかないだろうし」
「……当たり前です。わたくしのスキルをそんなことに使わせないでください」
突っ伏したまま、ラツィが不満そうにもごもごとつぶやいた。
(起きてるんだ)
「そんなことをすれば、エルフ族の協力は絶対に得られなくなるだろうな。それどころか、森を守るエルフたちから攻撃されるだろう。勇者の鎧を持ち帰ったのはエルフ族の賢者フルリーヌだ。どうにか彼女の助力を取りつけるしかないだろうな」
サイラスの後ろに立つルナが、たしなめるように優しく肩を叩いた。
「まあ、森の迷路のことは、道中にでも考えるとして」
カレラが焼き魚をひとくち頬張って、話を切り替えた。
「まずは風の森までどうやって行くか、だねぇ」
「どうやって行くか、って?」
「ここからウリエル川をわたって、まっすぐ東に進んで旧ガヤルド王国領を突っ切るのが一番の近道なんだけど、途中にリリアの奈落があるから、魔獣がけっこうウロウロしてるんだよね」
「リリアの奈落って、魔界とつながっている場所ですよね……。それは、とても危険ですね……」
エミルが怯えたように肩をすくめた。
「だから、遠まわりにはなるけど、このウリエル川沿いに北上してラグーツまで行って、そこで川をわたってから、今度はラファエル川に沿って南下して、風の森に向かうのが一番安全かなぁ」
「北に迂回するルートか。ちなみに、ラグーツに向かう途中はどれぐらい魔族や魔獣が出るの?」
焼き魚の骨を取りながら、サイラスは聞いた。
「この辺りは、旧ガヤルド王国領の近くっていっても、魔族なんて何年もずっと見た人もいないし、魔獣も神聖アルジュナ皇国のクルセイダーたちが狩ってくれてるから、街道にあらわれることはそんなにないと思うよ」
「神聖アルジュナ皇国って、すごく遠い国ですよね? なぜ、こんなところまで来て魔獣を狩っているんですか?」
エミルがカレラの顔を見ながら、不思議そうに小首をかしげた。
「まあ、魔獣を狩るのが彼らの教義っていうのもあるんだけど――」
「クルセイダーたちは、魔族や魔獣を狩って、魔晶石を集めているのでありますよ」
突然、テーブルからむくりと顔を上げたのはマルバンだった。
「魔晶石を集めてるの? なんのために?」
「彼らの太刀を、デュランダル王国で打ってもらうためであります」
「売って、費用にするってこと?」
「いえいえ。魔晶石を材料にして太刀を打つのでありますよ」
「材料? 鉄とかの代わりってこと?」
「はい。魔晶石を素材にして作られた武器や防具は“魔装具”と呼ばれているであります。マナを燃料にする魔道具と違って、魔装具は魔晶石そのものを素材にして、その力を得るのであります」
「でも、魔獣を倒しても、小さな魔晶石しか手に入らないじゃないですか? 太刀なんて作ろうとしたら、ものすごい数の魔獣を倒す必要があるんじゃ……」
エミルは、以前サイラスが倒した魔族から手に入れた、小指の先ほどの魔晶石を思い出していた。
「その通りでありますよ。だからクルセイダーたちは、たくさんの魔族や魔獣を狩る必要があるのであります。もっとも、ご主人さまが手に入れられたデルギフトの魔晶石なら、あれひとつだけでも太刀が打てるでありましょう。魔将クラスの大きな魔晶石を素材にすれば、その魔将のスキルがこめられた魔装具を作ることもできるといわれているであります。デルギフトの魔晶石なら、きっと毒の効果でありましょうね」
マルバンは愉快そうに笑った。
(魔装具か……そこまでして手に入れたいんだから、きっと強力な武具なんだろうな)
「……そういえば、四百年前、突然わたくしたちに襲いかかってきた人族は、自分たちのことをクルセイダーだと名乗っていました。三人組で、それぞれが二本の太刀を持って……まあ、主さまが全員気絶させてくれたのですが。あれは、魔晶石狙いだったのですね」
テーブルに突っ伏していたラツィが会話に割り込んできた。
「クルセイダーたちは、遠い遠い神聖アルジュナ皇国から、魔晶石を素材にした自分専用の太刀をデュランダル王国の刀匠に打ってもらうために、魔獣を狩りながら旅をするんだよ。それは彼らが一人前になるための儀式でもあり、彼らの巡礼の旅なんだ」
二刀流だから大変だよね、と言いながらカレラは味噌汁をすすった。
マルバンたちの話を総合すると、魔将の魔晶石は、クルセイダーたちにとって喉から手が出るほど欲しいものなのだろう。
(そうなると、旧ガヤルド王国領を通るのは避けたほうがいいな。魔獣が危険なのはもちろんだけど、ラツィやマルバンがクルセイダーに狙われるかもしれない)
「それじゃあ、ここから北上する安全なルートで、まずはラグーツの街を目指そう」
「にゃは、了解! 朝食がすんだら、さっそく出発だね。ボクの準備はもうできてるよ!」
こうして、サイラスたちは新たにマレス族の女剣士カレラを仲間に迎え、北のラグーツを目指すことになったのだった。




