1-54 カレラ
剣が刺さっていた岩を中心に、サイラスとカレラがすこし距離をとる。その周りを猫人族たちが円を描くように、大きく囲んで見物を始めた。
人混みの輪のなか、エミルが心配そうにサイラスを見つめている。
「頑張ってください、サイラスくん!」
「……我が主さまが負けるはずありません」
ラツィが余裕の表情でエミルに言った。
「ラツィは、サイラスくんのことが心配じゃないんですか?」
「……ええ。これっぽっちも。心配などいりません」
そう言いながら、ラツィの金色の瞳はサイラスから一瞬もはずれなかった。
シエラゴがカレラに刀を手わたす。細くてかなり長い刀だ。
(あれ? 木刀じゃなくて真剣勝負なんだ……)
サイラスの背筋に冷たいものが走った。
「それでは、はじめっ!」
カレラの後ろに下がったシエラゴが大きな声で合図し、手合わせが始まった。
合図と同時に、すこし離れたところに立っていたはずのカレラの姿が消えた――。次の瞬間、上空から“三人”のカレラが同時にサイラスに斬りかかってきた。
「うおっ!?」
スキルを発動させる暇もなく、サイラスはなんとか盾で三つの斬撃を防いだ。
「いけー、カレラやっちゃえー!」
周囲からマレス族の子供たちの声援が聞こえるが、サイラスはそれどころではなかった。
(なんとか一撃目は防げたけど、相手の動きがまったく見えなかった。あれ、分身してるのか!?)
カレラの姿がまた見えなくなった――。
『スキル《獣神分身》を確認。解析します……』
頭のなかに、機械のようないつもの女性の声が響く。
『スキル《獣神分身》の解析完了。複製して保存しました……』
『ユニークスキル《超高速機動》を発動します……』
今度は同じところを狙うのではなく、三人のカレラがバラバラに攻撃してきた。どうやら分身は、本体を真似て動くのではなく、それぞれに意思があるかのように的確にサイラスの隙をつくことができるらしい。
正面のカレラの突きを盾でそらし、右から斬り込んできたもうひとりの刃を剣で受け、足を狙った一撃を跳躍でかわした。《超高速機動》が発動していなければ避けきれなかっただろう。
(分身なのに、一撃が鋭くて重い。本体の攻撃と変わらないじゃないか。このままじゃまずい……)
『ユニークスキル《電脳の悪魔》を発動します……』
ふたたび無機質な女性の声が聞こえてくる。サイラスがコピーしたパールのスキル《魔界図書館》は解析され、ユニークスキル《電脳の悪魔》へと進化していた。
それは、「この世のすべての人が持つ知識のなかから、答えを検索するスキル」から、「この世に存在するありとあらゆるものの動き、考え、天候などの自然現象までを考慮に入れて、すべてを瞬時に計算し、ごく近い未来に起こる事象を予測するスキル」への進化だった。
突然、サイラスは相手のすこし先の挙動が見えるようになった。“将棋”の名人が何手も先を読むように、サイラスの頭にカレラの次の動きが浮かび、残像のような半透明の影が向かってくるのが見える。
ゆっくりとカレラが三人に分身し、ふたたび同時に斬りかかってくる――。
サイラスは盾も使わずに、カレラの攻撃をかわした。カレラは一瞬、驚いたような顔をして、後ろに飛びすさる。その先の動きも、サイラスには見えていた。カレラを追うように前に踏み出し、着地する女剣士の首に剣を突きつけた。
「そこまでっ!」
シエラゴが右手を上げた。それが終了の合図だった。
振り向くと、人混みのなかでエミルが胸元を両手で押さえて、安堵の表情を見せていた。その隣で、ラツィが何事もなかったかのように腕を組んで微笑んでいる。
「すごい! すごいよ、こんなにすぐにボクの動きを見切るなんて! さすがは勇者だよ!」
カレラがふさふさの尻尾を揺らしながら、サイラスに抱きついてきた。道着の上からでもわかる大きなメロンのような、柔らかくて温かなふくらみが顔に押しつけられる。サイラスは窒息しそうになって、カレラから逃れようと、じたばたともがいた。
「もう、サイラスくんから離れてください!」
エミルが慌てて駆け寄ってくる。
「……おまえ、なにをしているのです。我が主さまから離れなさい」
ラツィも無表情のまま、すっとカレラの後ろに立った。
「わっ、もしかして、ふたりとも勇者の彼女かな? ごめんね」
素直にカレラはサイラスから離れ、申し訳なさそうに猫耳をかいた。
「はう。かっ、彼女というわけではないんですけど、あの……その……」
エミルは白い顔を赤く染め、困ってしどろもどろになった。
「……わたくしは我が主さまのしもべです。我が主さまに抱きつく権利は、わたくしとセフィにしかありません」
「ないよ、そんな権利……!」
サイラスが真っ赤な顔で反論する。
「大丈夫、大丈夫。ボクは勇者を盗ったりしないよ。でも、ふたりが結婚して子供が生まれた後でいいからさ。ボクにも勇者の子供を生ませてくれないかな?」
「け、結婚!?」「こ、子供!?」
サイラスとエミルは、同時に声を出していた。ラツィは小首をかしげている。
「だって、せっかく女に生まれたんだからさ。やっぱり強い子供を生んで、育てたいでしょ? 勇者となら、きっと強い子供が生まれると思うんだよね~。よく食べること、鍛えて健康な身体を維持すること、そして強い子孫を残すこと、どれも生き物の基本だからね。質実剛健、一騎当千だね!」
にゃははと豪快に笑うカレラの前で、サイラスもエミルも口をぽかんと開けたまま、あっけに取られてしまった。
「宴だ! 宴だ! 今宵は勇者さまを迎えて、盛大な宴を開くぞ!」
「うぉおおおおお!」
力強い剣聖の声にマレス族の男たちが呼応し、広場中央の勇者の剣が刺さっていた岩の周りに材木が井桁に組まれて積み上げられていく。
女たちは料理の支度に取りかかる。里の者たちは大人も子供も忙しそうに、それでいて楽しそうに宴の準備を始めていた。まるでお祭りの用意でもしているかのようだ。
「わたしもお料理の手伝いをしてきますね」
エミルがサイラスに微笑みかけると、猫人族の女性たちのほうへ駆け出していく。
(ほんとに、エミルは働き者だな)
サイラスは美しい栗色の髪の少女を見送りつつ、傍らに立つカレラに話しかけた。
「カレラさんは料理の手伝いには行かなくていいの?」
「にゃはは、カレラでいいよ、くすぐったい。ボクは料理が苦手なんだよねぇ。食べる専門なんだ。手伝いたくないってわけじゃないんだよ? でも、まな板を切っちゃったり、ろくなことをしないから、手伝わなくていいからおまえは大人しくしてろって、台所から追い出されちゃうんだよねぇ」
カレラはふさふさの黒い猫耳を右手でぽりぽりとかいて、小さく舌を出した。
(まな板を切るって、刀で料理してるわけじゃないよね?)




