1-52 剣聖の里
サイラス像を後にした一行は、野宿をしながら街道を三日ほど東へ進み、パールの案内で土の森とウリエル川の間の細い道を南へ一日ほど進んだところだった。
魔界からラツィを連れ戻しにきたデルギフトと戦い、野営中に刺客に襲われたりもしたが、その後は野盗にも野獣にも魔獣にも出くわすことなく、順調そのものだった。
そうして、一行は“剣聖の里”と呼ばれる獣人族の小さな隠れ里にたどり着いた。
剣聖の里は、エミルの村よりも、もっと小さな集落だった。東に流れるウリエル川から半円形に西の森に向かって大きな広場になっており、それを囲むように木造の建物が森側に並んでいる。その真ん中に、ひときわ大きな平屋が見えた。
のどかなことに、小さな子供たちが広場を走りまわり、もうすこし大きな子供たちが一列に並んで木刀で素振りをしている。
天気がいいこともあって、子供たちが遊ぶ公園に紛れ込んでしまったかのような錯覚をおぼえる。サイラスは思わず、あくびが出そうになった。
エミルの村と違うのは、子供たちが全員、獣人族だということだ。ここの獣人族はみんな、マレス族(猫人族)のようで、猫のような耳と尻尾を持っていた。
「はう。獣人族の子供たち、可愛いです。わたし、初めて見ました」
エミルが宝石のような緑色の瞳を輝かせた。
「……あの猫耳と尻尾……可愛い」
珍しくラツィもエミルの意見に同意して、子供たちをうっとりと眺めている。
(魔族にも刺さるのか、“けも耳”の破壊力は)
「……我が主さま、一匹ほしいです」
「ペットじゃないんだから」
「サイラス、あれを見ろ」
ルナが広場の中心を指差した。目をやると、高さ一メートルほどの岩があって、そのてっぺんに無造作に一本の剣が突き刺さっていた。
(岩に刺さった剣を抜くなんて、まさに勇者って感じ)
サイラスが岩にすこし近づくと、剣は盾のときと同じように白く光りはじめた。
光に驚いたのか、素振りをしていた子供たちが手を止め、走りまわっていた子供たちも剣の周りに集まってくる。何人かの子供たちが岩によじ登って剣を抜こうとしたり、ぶら下がったりしている。
「サイラスくん、光ってます。光ってますよ」
エミルも興奮しているようだ。子供たちが呼びにいったのか、数人の大人たちが建物から出てきて、口を開けたまま光る剣を見ている。ちょっとした騒ぎになってしまったようだ。
サイラスが広場の中心に近づいていくと、岩に刺さった剣はさらに強く光を放ちはじめた。
子供たちの人混みをかき分け、サイラスは剣が刺さった岩の前まで進み出た。大勢の猫人族が見守るなか、剣を握り、難なくそれを引き抜くと空に掲げた。
「うおぉぉぉぉぉお!」
周りから歓声が上がった。
盾で一度、経験していたので心の準備はできていたのだが、やはり剣に触れた瞬間、どくんっと心臓が跳ね上がった。なにかどす黒い意思のようなものが、剣から伝わってきたような気がした。
それは剣に主として認められた、というよりも敵意を向けられたような、そんな感覚だった。だが、それは本当に一瞬のことで、サイラスは気のせいかもしれないと気を取り直した。
『休眠していたユニークスキル《光の剣》を有効化します。自身の攻撃力の数倍の光の刃で相手を攻撃することができます。攻撃力の倍率と攻撃範囲は使用者のレベルに比例します……』
『ユニークスキル《光の剣》を発動します……』
掲げた剣の先から、一瞬、空まで伸びる巨大な白い光の鎌が見えた気がしたが、盾のときとは違って今回はそれだけだった。ラツィの肩のパールが、なにやらバタバタと翼を広げて暴れている。
「これが勇者の剣?」
サイラスは手に入れた剣をまじまじと眺めた。
真っ白な剣だった。柄まで入れても八十センチくらいか。刃は厚い両刃ですこし幅も広いが、鍔は小さめで、相手の剣を受けるのには向いていない。
柄まで、すべてが見たこともない不思議な白い金属で造られていて、柄頭が丸く、そこに盾と同じ精霊神ルミナの紋章が刻まれていた。盾と同じような幾何学模様が、刃の中央に彫られている。
勇者の剣などと言うので、“RPG”に出てくるような、もっと派手で強そうなものを想像していたのだが、実物は全体的に地味で古臭い印象のする剣だった。ただ、盾と同じように金属でできているとは思えないほど軽かった。
(うん。別にがっかりしたわけじゃない。想像と違っただけだ。あんまり長いと目立つし、持ち運ぶにも取り扱うにも不便だし、これくらいが実用的でちょうどいいんじゃないかな)
剣から敵意のようなものを感じたので、サイラスは心のなかで必死に言い訳をした。
「なんと美しい剣でありましょう。ご主人さま!」
マルバンは剣が気に入ったようだった。自分では持つことができないので、サイラスが持つ剣を物欲しそうになでまわす。
「……マルバン、触り方が気持ち悪いです」
「申し訳ないであります」
ラツィに叱られて、マルバンがしゅんと手を引っ込めた。
(マルバンは本当に珍しいものに目がないな)
「勇者の剣もサイラスくんを選んだんですね……さすがサイラスくんです」
エミルはすこし口ごもった。それには気づかず、サイラスはエミルに微笑んだ。
「ありがとう、エミル。でも、選んでくれたのかどうかは、ちょっと怪しいんだけどね」




