1-51 勇者の像
サイラスがエミルとラツィと同じ部屋に泊まった翌朝、一行はふたたび勇者の剣を求めて出発した。
「剣聖の里って、どんなところなのか、ルナは知ってる?」
サイラスは一行が目指している目的地について、自分の背中を守ってすぐ後ろを歩くプラチナシルバーの髪の魔導人形に聞いてみた。ルナはすこしだけ考えるような顔をしてから口を開いた。
「私はあの祠を離れたことがないから、剣聖の里そのものは知らないが、その里を作った剣聖パナメラのことなら、ニーナの記憶でわかる」
「……あの生意気なマレス族の女剣士ですね」
いつの間にかサイラスの右腕から離れ、隣を歩いていた小柄な魔族の美少女を、ルナが空色の瞳でにらむ。ラツィはルナのその反応を楽しむように、燃えるように赤いツインテールを揺らして、ぺろりと小さな舌を出した。
「パナメラは幼いころに両親を亡くし、神聖アルジュナ皇国のクルセイダーに拾われて育てられたのだ。パナメラを拾ったクルセイダーはいつか勇者の仲間となって、ともに魔王を倒すようにとパナメラに剣技を叩き込んだらしい。そして、パナメラは成長して本当にサイラスの父親、勇者ライアスの仲間になったのだ」
サイラスは自分が忘れてしまった過去の話には、とても興味があった。ルナは先を続ける。
「だが、知っての通り、ライアスは魔王ギリヨンに敗れてしまった。その後、パナメラはおまえといっしょに魔王を倒しに行き、おまえが消えた後、ニーナが盾を持ち帰ったのと同じように剣を持ち帰ったのだ。たぶん、ニーナと同じことを考えて、勇者の剣を守るために剣聖の里を作ったのだろう。自分が死んだ後も、誰かが剣を守るように」
ルナはすこし上を向いて、夏空のように青い瞳を細めて遠くを見つめた。
サイラスはパナメラのことも、ニーナのことも思い出せなかったが、昔の仲間が四百年後にふたたびあらわれるかもしれない自分のために、神器を守ろうとしてくれたことに感謝した。
(それだけ、三種の神器は魔王の討伐に必要だってことだよね)
サイラスは盾の持ち手を強く握りしめた。
◇
東に向かってしばらく街道を歩いていると、前方に五メートルほどの白い大理石でできた石像が見えてきた。鎧を着て盾を持ち、剣を構えている戦士の像だ。
名のある巨匠の作なのか見事な造りだったが、かなり古いもののようで長年の風雨によって全体がぼろぼろに傷んでおり、残念なことに頭の部分が首から折れて地面に落ちていた。
(大きな彫刻だけど、首が取れてるのは縁起が悪いな……)
好奇心旺盛なセフィが、石像のほうへ駆け出していく。サイラスたちも、その後を追って戦士像の近くまでやってきた。
「ねぇねぇ、ご主人さま。この盾、ご主人さまの盾とおんなじじゃないかな? かな?」
言われてサイラスも石像の盾を見てみたが、表面は剥げてしまっていて原形がわからない。形が丸いことぐらいしか共通点はないように思えた。
「勇者の像なんでしょうか?」
セフィの後ろから、エミルとマルバンも石像の台座に近寄っていった。台座に打ちつけられていた金属製のプレートは土で汚れていたが、魔族の執事が手で綺麗にすると、なにやら文字があらわれる。
「ガリウス王国歴千六百二十五年――勇者サイラス、ベガリア王国にて魔王ギリヨンを討伐す。おお、やはりこれはご主人さまの像でありましたか。なかなかに立派なものでありますね」
マルバンは嬉しそうに勇者サイラス像を下から見上げる。
「えええ、これご主人さまなの~? 首がないよお」
セフィは首の折れてしまった石像が気に入らなかったようだ。
(自分の像があるだけでも、びっくりだけどね)
石像の頭を見つけたセフィは、そばにしゃがみ込み、こてんと首をかしげた。
「うーん、お顔がつるつるだよ。これ、ご主人さまに似てたのかな~?」
「どうだろう。石像とかって、本人とは似てないことのほうが多そうだけど……」
「ふうん。じゃあ、セフィが決めるー。きっと、本物のご主人さまのほうがかっこいいよ!」
「そ、そうですね。サイラスくんのほうが、ずっと……」
言いかけて、エミルは自分の言葉に気づいたのか、みるみる赤くなってうつむいてしまった。
サイラスも、思わず顔をそらす。
(嬉しいけど、恥ずかしい……)
「なにより、ご主人さまは首がおつながりでありますからな」
「マルバン、それ、褒めてるのかな……?」
「でも、勇者の像なら、国がちゃんと補修するべきだと思います。古いものかもしれませんが、これではあんまりです」
エミルは腕を組んで、顔をしかめた。
「まあ、仕方ないんじゃないかな。ここは街からも遠いし、四百年も昔のことだし、なんてったって帰らずの勇者だからね。忘れられちゃうのも無理ないよ」
なぜか弁明するサイラスの肩に、ルナが優しく手を置いた。
「この時代の人々が、おまえの功績を忘れてしまったとしても、四百年前におまえに救われた人々は、おまえに感謝して、この石像を造ったのだ。おまえは魔王を倒し、大勢の人を助けたんだよ。サイラス」
ルナにそう言われて、すこしだけ誇らしい気分になったサイラスだったが、ふと、気になっていたことを口にした。
「ルナ。……どこかに父さんの像はないのかな?」
サイラスの言葉に、ルナは一瞬だけ動きを止めた。
「そうだな……ニーナの記憶によれば、歴代の勇者の像は、王都の中央広場にあるらしい。見たいか?」
「わからない」
サイラスは、地面に転がった自分の首を見下ろした。
「顔も、声も、なにも思い出せないんだ。父さんが魔王に殺されたって話も、他人の昔話みたいにしか聞こえない。……なのに、いま、胸のここが痛い」
左手が、無意識に自分の胸を押さえていた。
「思い出せないのに、苦しいんだ。……これって、なんなんだろうね」
ルナはなにも答えず、ただ、サイラスの肩に置いた手に力を込めた。
ふう、と息を吐いて、サイラスはわざと明るい声を出した。
「それにしても、ルナもこの石像と同じころに造られたはずなのに、ぜんぜんピカピカだね」
「私は何百年経っても、おまえといっしょに戦えるように、ニーナが造ってくれたからな。特別なのだ」
サイラスの言葉に、女神像のようなルナが胸を張って微笑んだ。
「……あの。いつか魔王を倒して、旅が終わったら、みんなで直しにきませんか?」
エミルがぽつりと言った。
「国にお願いするんじゃなくて、わたしたちの手で。……この勇者さまがどんな人なのか、わたしたちは知っていますから」
「賛成だ。私も手伝おう」
「セフィもやるー! まわりにお花もいっぱい植えるんだよ!」
「では、我は首を直すのをお引き受けするであります。つなげるだけなら、我のスキルでもできるのであります。問題はあの重たい首をあの高さまで持ち上げること……」
魔族の執事は、石像を見上げて、ぶつぶつとつぶやきつづけている。
(マルバンのスキルって、そんなこともできるのか)
「……うん。約束だよ、みんな」
サイラスは首の落ちた石像をもう一度だけ振り返り、仲間たちと東に向かって歩き出した。




