1-49 木賃宿にて
「もう、サイラスくんから離れてください!」
サイラスの右隣を歩くエミルが、ラツィの両肩をつかんだ。
「……なんでおまえは、いつもわたくしの邪魔をするのですか?」
「なんでって……はう。そ、それはサイラスくんが歩きにくいからです! サイラスくんは疲れているんですから、離れてください」
「……主さまが嫌がっていないのですから、いいではないですか」
「サイラスくんは優しいから、我慢しているんです」
「……いいえ、主さまだってわたくしにくっつかれて嬉しいと思っているはずです。ねぇ、主さま」
ラツィがわざとエミルに見せつけるようにサイラスの腕にしがみつき、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
エミルがラツィの肩をつかんだまま、不服そうな顔でサイラスを見つめてくる。
サイラスは、燃えるような赤い髪をした魔族の美少女と美しい栗色の髪の美少女の顔を交互に見て、苦笑いを浮かべた。
(これ、魔族と戦うより疲れるんですけど……)
「ほら、サイラスが困っているじゃないか。ふたりとも離れるんだ」
プラチナシルバーの髪をした魔導人形のルナが、後ろから助け舟を出す。ふたりがしぶしぶ離れると、サイラスはほっとため息をついた。
◇
夕方になって、そろそろ野営の準備をしなければと考えはじめたころ、街道沿いにちょうどいいタイミングで木賃宿が見えてきた。
(やった、今日は屋根の下で眠れるぞ!)
さすがに毎日野宿では、柔らかいベッドが恋しくなるというものだ。
宿に着くと、マルバンとパールは外を見張りたいと言い、ルナはそもそも眠る必要がないとのことで、泊まるのはサイラスとエミル、そしてラツィの三人になった。
木賃宿の一階の厨房で、いつものようにエミルが夕食を用意する。マルバンやパールも入れて、みんなでテーブルを囲んだ。
「いつもありがとう、エミル。今日も美味しかったよ」
「……魔獣を煮込んだものよりはマシですね」
「いえ、もっとちゃんとしたものを作れればいいんですけど……」
エミルはラツィを華麗にスルーして、すこし恥ずかしそうにサイラスに微笑んだ。
(ラツィも素直に美味しいって言えばいいのに。まあ、あれはあれでラツィなりの褒め方なのかもしれないけど)
食事の後、サイラスたちは二階の部屋に向かった。普段は喧嘩ばかりするエミルとラツィがふたりそろって宿代がもったいないと言うので、一部屋しか頼まなかったのだが、サイラスはすでに後悔していた。
(宿屋のおっさん、めっちゃニヤニヤしてたなぁ)
ぼろぼろの扉に粗末な鍵を差し込み、なかに入ると、そこはサイラスの予想よりもさらに狭い部屋だった。
小さなベッドがふたつ、拳ひとつほどの隙間を空けて、ぎちっと並んでいる。ベッド以外に家具はなく、ベッドが置かれていない床の部分は三人で立っているのがやっとだ。
(うわっ、やっぱ狭いな……)
「……仕方ありませんね、我が主さま。狭いけれど我慢してください。飯炊き女にベッドをひとつ譲りましょう」
「なんで、あなたがサイラスくんと同じベッドで寝ることになっているんですか。それにわたしは飯炊き女じゃありません!」
エミルが白い頬を赤くし、桃色の唇を尖らせてラツィをにらむ。
(エミルは怒った顔も可愛いな)
そんなことをサイラスがのんびり考えていると、対するラツィも顔は可愛いのだが、その目からは“ビーム”でも発射しそうな勢いで、エミルをにらみ返していた。
「……わたくしと我が主さまは一心同体なのですから、当然、しとねをともにするのはわたくしの役目です。もちろん、主さまもそれを望んでおられます」
「そんなことはありません。わたしだってこの前……サイラスくんと同じベッドで……朝からお昼までですけど……いっしょに寝ましたから。ここはわたしとサイラスくんが同じベッドでもいいはずです……」
真っ赤な顔でうつむきながら、エミルが反論する。
(朝からお昼までって、ちゃんと説明するところがエミルらしいな)
「……わたくしのほうが小柄で主さまの邪魔になりません」
「べ、べつにわたしだって、太ってませんから! 横に寝るのに背の高さは関係ありません」
「……うぅぅぅぅ!」「むぅぅぅぅ……!」
(こんなことになるんだったら、僕も外でマルバンたちと寝ることにすればよかったよ……)
「……それでは、我が主さまに決めてもらいましょう。わたくしと同じベッドで寝るのか、それともこの小娘と寝るのか。まあ、結果は最初からわかっているようなものですが。ねぇ、主さま?」
いつの間にか黒いレースのネグリジェに着替えたラツィが、サイラスの右腕にしがみつき、白い頬を赤く染めて、潤んだ金色の瞳で見つめてくる。小さな半開きの赤い唇が、やけに色っぽい。
(えぇぇぇっ!?)




