1-48 襲撃
日が西の空に沈むころ、サイラスたちは街道沿いの草むらで野営していた。
エミルが手際よく食事の後片付けを済ませ、サイラスは焚き火に枝をくべる。その隣でルナは切り株に腰かけ、マルバンとその肩にとまったパールはすこし離れたところで今夜の寝床を探していた。
この辺りの街道は人の往来が少ないせいか、野盗はおらず、魔獣もめったに出ない。そう聞いていたこともあり、仲間たちの顔にはのんびりとした空気が漂っている。
「……ふぁ。今日もよく歩いたな」
サイラスは大きくあくびをして、草むらに寝転がった。離れた木の根元から、マルバンがもう寝息を立てているのが聞こえてくる。やがて焚き火の爆ぜる音だけが残り、一行は深い眠りに落ちていった。
その夜の最初の見張りは、ルナとセフィのふたりだった。
「エミルの料理はね、いつもすっごくおいしいの! 今日のも、すご~くおいしかったんだよ。ルナは食べられなくて、かわいそう」
「私に食事は必要ないからな。でも、おまえたちが美味しそうに食べているのを見ているだけで、私は満足だ」
焚き火の前で、膝を抱えたルナと、その隣でぴょこぴょこ足を揺らすセフィは、仲間たちの話題で盛り上がっていた。
ちょうどそのころ、草むらを音もなく進む、ふたつの人影があった。顔と頭は布で覆われ、闇のなかで眼だけが光っている。
だが――。
ふたりのまとう忍び装束は、片方が鮮やかなピンク、もう片方は目に痛いほどのオレンジ。闇に紛れるどころか、月明かりの下でやけに目立っていた。腰の辺りからはふさふさとした尻尾が伸びている。獣人族だ。
見張りがおしゃべりに夢中になっている間に、忍び装束のふたりは難なく眠っているサイラスのそばまで近づいた。
ピンクの忍び装束が懐から小瓶を取り出し、中身を布に染み込ませる。ふわりと甘い匂いが漂った――眠り薬だ。
オレンジの忍び装束が、その布を眠るサイラスの口元へ、そっと押し当てた。サイラスの寝息が、すうっと深く、長くなっていく。
完全に眠ったのを確かめると、オレンジの刺客が短刀を抜いた。月光を集めた刃が冷たく光る。
刃をサイラスの首筋めがけて振り上げた、その瞬間――。
パキパキッパキッ、と乾いた音が鳴った。
短刀を握る刺客の腕が、肩から拳まで真っ白な氷に包まれている。
「ご主人さまに、悪いことするやつは、セフィが許さないよ!」
いつの間にか刺客の背後に、メイド服を着込んだ水色の髪の少女が立っていた。小さな両手を、くせ者に向けて突き出している。
もうひとりのピンクの刺客が、振り返りざまに短刀を抜き、セフィへ斬りかかった。
その動きは、目で追えぬほど速い――。
「セフィ!」
反応の遅れたセフィの前に、白い影が割って入った。
キィンッ、と高い音が響く。
ルナだった。刃はルナの細い腕に当たり、あっけなく弾かれた。超硬質の魔導セラミックでできたその身体に、ただの短刀が通るはずもなかった。
「その程度の刃では、私の身体に傷ひとつ付けられないぞ」
ピンクの刺客は舌打ちし、オレンジの刺客のもとへ飛び退いた。
そのころには、騒ぎに気づいたマルバンとパール、そしてエミルも跳ね起きていた。
「何者でありますか、貴様らは!」
マルバンが声を荒げ、パールが金色の翼を広げて威嚇する。エミルも眠ったままのサイラスに駆け寄った。
分が悪いと見たのか、オレンジの刺客が、マルバンの足元へなにかを投げつけた。
パンッ!
弾けた小さな玉から、白い煙がもうもうと噴き出す。
「ごほっ、ごほっ! ぐっ……目が……っ!」
「サイラスくん! サイラスくん、しっかり……っ、けほっ」
涙を流して咳き込むマルバン。煙にむせびながらも、サイラスの肩を揺さぶるエミル。それでも、サイラスは目を覚まさなかった。
煙の向こうでピンクの刺客が、短い筒を懐から素早く取り出すと、サイラスに向けて、ふっ、と鋭く吹いた。
エミルが抱えるサイラスの腕に、小さな針のようなものが刺さるのを見届けて、ふたりの侵入者は闇に消えた。
『致死性の猛毒を確認。スキル《劇毒無効》を発動します……』
頭のなかに機械のような女性の声が響いたが、サイラスは眠っていて気づかない。
「――ん……んん……?」
ようやくサイラスが目を覚ましたときには、辺りの煙は晴れ、刺客たちの姿はどこにもなかった。
「あれ? みんな、なにがあったの……?」
ひとり、ぼんやりとしているサイラスを仲間たちが取り囲み、エミルが涙目で事情を説明した。
「辺境伯さまが、おっしゃっていました。サイラスくんの生命を狙う者があらわれるかもしれない、と……。きっと、その暗殺者です」
(僕が寝てる間に、そんなことが……)
もし、セフィとルナがいなかったら……ぞくりと背筋が冷たくなる。
「セフィ、ルナ、ありがとう。ふたりのおかげで助かったよ」
座り込んだままのサイラスが感謝の視線を送り、頭を下げると、セフィはメイド服の胸を張って、ふふんっ、と得意げに鼻を鳴らした。
「セフィ、ご主人さまを守ったんだよ。えらい、えらい?」
「ああ、すごくえらいよ」
サイラスがその水色の髪をなでると、セフィは嬉しそうに目を細めた。
◆
すこし離れた林のなか、木々の陰に隠れて、ふたつの小さな人影が、サイラスたちのようすをじっとうかがっていた。
すでに覆面は外されている。月明かりに照らし出されたのは、まだ幼さの残る、よく似た顔立ちのふたりの少女だった。頭の上には猫を思わせる耳――マレス族だ。
「あ~あ、しくじっちゃった。クマでも即死する、あたい特製の毒が効かないなんて、勇者、化け物すぎでしょ~反則だよ反則ぅ」
ピンクの忍び装束の少女――双子の姉のコタツが、頬を膨らませて唇を尖らせる。
「ふぉっふぉ。油断したのう、コタツや。だが案ずるでない。次こそは必ず、勇者の首を獲ってみせようぞ」
オレンジの忍び装束の少女――妹のミカンが、声は幼いのに、まるで老婆のようなしゃべり方で姉をなぐさめた。
「勇者には、なんの恨みもないけどね~」
「うむ。なれど、我ら一族の悲願のためじゃ。気の毒じゃが、犠牲になってもらわねばならぬ」
「待っててよ、お館さま。コタツとミカンが、きっと国を再興してみせるんだから」
ふたりの少女は顔を見合わせて、うなずくと、夜の闇へ溶けるように消えていった。




