1-47 エミルのスキル
サイラスは仲間たちの先頭を歩きながら、いつも頭のなかに響く、機械のような女性の声のことを考えていた。
(さっきはなんで声がしなかったんだろう?)
森での魔族との戦いで、あの声は一度も聞こえなかった。
記憶を失う前の自分が、いくつかのスキルを身につけていたことは確かだ。そして、それらのスキルは必要になったとき、頭のなかにいる何者かによって発動されている。
(もしかして、僕のなかにも、ラツィとセフィみたいに、別の誰かがいるんじゃ……)
敵がスキルを使えば、その何者かが感知して、解析し、“コピー”したり、短時間だけ敵のスキルを停止したりもする。相手のスキルが“ノーマル”か“ユニーク”かで、停止の難易度は違うらしい。現に、デルギフトのユニークスキルを止めるのには、普段よりすこし時間がかかった。
そして新しいスキルを生み出すことさえできる。盾を“ブーメラン”のように、思い通りに投げられるようになったのが、その証拠だ。
(でも、あのとき、どうして新しいスキルが創れたんだろう? エミルとソフィアさんがさらわれて、危機的な状況だったから……とか?)
欲を言えば、盾のスキルも強化したい。前面だけじゃなく、自分を中心に球体の障壁を張れるようになれば、デルギフトと戦ったときのような状況でも、みんなを守れるはずだ。
(ラツィからコピーしたユニコーンも、あれからこっそり試したら、出なかったんだよなぁ)
発動したり、しなかったり。強敵と戦わないとダメなのか、それとも別の条件があるのか。
(わからないことだらけだ。スキルなしで戦える特訓と並行して、スキルのことも調べていこう)
◇
急に気になって、サイラスは列の一番後ろを歩く魔族の執事に声をかけた。
「ところで、マルバンって、どんなスキルを持ってるの?」
「おお、我のような者のスキルにまで興味を持っていただけるとは、さすがは我らのご主人さま、心がお優しいのであります。ですが、我のスキルはあまり戦いには向いていないのでありますよ。エルフ族や人族が使う“土の精霊術”に似ているであります。今度、機会があればお見せいたしましょう」
マルバンは優雅に黒い前髪をかき上げながら答えた。
「ご主人さま、ご主人さま。セフィのスキルは、なーんでも凍らせちゃうんだよ! すごいでしょ!」
セフィが水色のツインテールを揺らしながら、きらきらした金色の瞳でサイラスを見つめてくる。
「ああ、あのとき、僕を凍らせたやつはセフィのスキルだったんだね」
「あっははぁ」
セフィはごまかすように、屈託のない笑顔を見せた。
「でもでも、姉さまのスキルはもっともっとすごいの。あの馬みたいなの本当は四つも出せるんだよ。それに馬の口からぼーって火が出るの。なーんでも燃やしちゃうんだよ!」
「そうなのか!?」
サイラスはラツィと戦ったときのことを思い出した。確かにあれが四つ同時に襲ってきたら、かなり厄介だっただろう。
「あのとき、ラツィはかなり手加減してくれてたんだね」
と、セフィの水色の髪が、突然、燃えるような赤色に変わった。
「……我が主さま。言っておきますが、あれは手加減ではありません。本気を出しても主さまなら、余裕で対処されると思っていましたが、念のためにすこし抑えただけです」
澄ました顔で言い残すと、赤い髪はすぐに水色へと戻った。
「ふふふっ、姉さまってば、ほんとはご主人さまに怪我させちゃったかもって、すっごく心配してたんだよ」
ふたたび、髪が燃えるような赤に変わる。
「……セフィ?」
「ごめんだよ、姉さま。あはは……」
水色の髪に戻った少女は、助けを求めるようにルナの腕にぶら下がった。
(めまぐるしいなあ。というか、ふたりはなんでもお互いの思ってることがわかるんだな……)
◇
しばらく歩いてから、サイラスはふと思いついて、また後ろのマルバンを振り返った。
「スキルもやっぱり、身体のなかの魔素を使うのかな?」
「ええ、スキルもマナを使うのでありますよ。我のスキルは精霊術に似ているでありますが、スキルは同じような精霊術や神聖術に比べると使うマナはかなり少ないといわれているのであります。それでも、人族は魔族と比べると体内のマナがずっと少ないでありますから、強力なスキルは使用回数が限られるでありましょうな」
「なるほど、強いスキルはマナ切れに注意ってことだね。でも、マナの消費が少ないなら、スキルのほうが精霊術よりも便利なのかもしれないな。誰にでも使えるわけではないみたいだけど」
なぜか隣を歩くエミルが、白い顔を赤く染めて、恥ずかしそうにうつむいている。
「スキルは誰にでも使えるわけではないからこそ、精霊術や神聖術を学ぶ者がいるのだ」
ルナが夏の空と同じ色の瞳で、エミルを優しく見つめながら言った。エミルは元気よくうなずいた。
「わたしもなにか身につけたいです! みなさんのお役に立てるように」
「エミルには料理っていう立派な“スキル”があるじゃないか」
「それはそうですけど、精霊術が使えるようになれば、とても便利そうじゃないですか。川がないところでも、お水を出したり、薪に火をつけたり、土でお皿を作ったりして」
(発想がすべて、料理関連だな)
「ここには教えられる者がいないが、そのうち、エルフ族の集落に行くことになる。精霊術なら、エルフに教えてもらうのがいいだろう」
ルナがなぜか得意げにふふんと鼻を鳴らすと、ルナの右腕にぶら下がっていたセフィもふふんと鼻を鳴らした。
「そういえば、パールのスキルってすごいよね。情報を探すときって、どんな感じなの?」
サイラスが振り向いて尋ねると、マルバンの肩にとまった黄金のフクロウは、ぷいっとそっぽを向いた。
「ふん。おまえに教える義理はない!」
「パール。ご主人さまになんという口を……」
「いいよ、マルバン。人間が苦手なのかもしれないし。ゆっくり仲良くなれればいいさ」
(とはいえ、道のりは遠そうだなあ)
セフィがルナの腕にぶら下がっているときは、どうやらパールはマルバンの肩に避難するらしい。
(それにしても、パールのスキルって、なんだか“インターネット”みたいだよな)
『スキル《魔界図書館》は、ユニークスキル《電脳の悪魔》に進化しました……』
という声が、頭のなかで聞こえた気がした。
(え、いまのなんだ? スキルが進化した?)
◆
魔族の執事の肩にとまった黄金のフクロウは、前を歩く勇者のことをじっと値踏みするような目で見つめていた。
(四百年前の勇者なら、姫さまの手加減した攻撃など、涼しい顔でかわしていたはず……)
パールは、ラツィとの戦いも、デルギフトとの戦いも、注意深く観察していた。そして、先ほどの魔族との戦いも……。
そのうえでパールは、いまのサイラスが、四百年前に自分が目撃した勇者とは別人なのではないかと疑うくらい、明らかに弱くなっていると分析した。
サイラスからは、あのときのような凄まじい殺気がまったく感じられない。まとっているオーラが全然違うのだ。それにしゃべり方も違う。まるで人格まで変わってしまったかのようだ。
(記憶を失っているからだろうか?)
確かに、第三魔将デルギフトは倒すことができた。姫さまは期待しているが、あのときの勇者ならいざ知らず、いまのサイラスにあのベタクロフが倒せるのだろうか?
第三魔将と第一魔将とでは、その実力に天と地ほどの差があるのだ。パールは小さな首をかしげるのだった。




