1-41 交渉
デルギフトはすこしこちらに歩み寄り、二十メートルくらい離れたところから、腕組みをして不敵な笑みを浮かべている。
(毒かっ! 早くなんとかしないと)
「すまない、私に解毒はできないんだ」
ルナは申し訳なさそうに、ラツィの後ろで立ち尽くしている。
「わたしが」と言って、ソフィアがマルバンの身体に手をかざした。ところが、すぐに険しい顔をして手を離した。
「残念ですが、わたしのランクではこのような猛毒は解毒できません。リーンにいるもっと高ランクの神聖術士でないと……」
ソフィアも心苦しい顔で、泣きじゃくるラツィの横顔を見つめている。
(ソフィアさんでもダメなのか。でも、エミルの傷を治せたときみたいに、もしかしたら……)
サイラスもラツィの横にしゃがみ込んで、マルバンの肩に手をかざしてみた。
頭のなかに、機械のような女性の声が響く――。
『ユニークスキル《劇毒の大蛇》を確認。解析します。休眠していたスキル《猛毒耐性》を有効化、スキル《猛毒耐性》はスキル《劇毒無効》に進化しました……』
『ユニークスキル《超高速自己治癒》、ユニークスキル《超治癒術》を発動します……』
『ユニークスキル《劇毒の大蛇》の解析完了。複製して保存しました。相手のスキルの無効化を試みます。相手のスキル無効化まで、残り一分……』
サイラスの手のひらから、優しい白い光があふれ、マルバンの身体を包み込んでいく。
(頼む、間に合ってくれ!)
辺境伯ソフィアと女騎士キーラが、驚いた顔でサイラスを見ている。
ソフィアも決して低ランクではなかった。むしろ十五歳でランク5というのは神童と呼ばれるレベルだ。だが、この少年はそれをも上まわる使い手だというのか?
ほどなくして、マルバンの身体の震えが止まり、傷口がふさがって顔色が戻ってきた。
「マルバン……!」
「姫……さま?」
ラツィがマルバンに抱きついた。マルバンが目を開けて、何事もなかったかのように上半身を起こす。
ラツィは執事の腰に腕をまわしたまま、涙があふれる金色の瞳を見開き、驚いたような顔でサイラスを見上げた。
「……ありがとう、我が主さま……ありがとう。わたくしの大切な家族を助けてくれて、本当にありがとう……」
「姫さま……」
マルバンは自分に抱きついて泣いている主の忘れ形見を、優しく両手で包み込み、その背中をなでた。
(よかった。間に合った)
「なんだよ、なんだよ。勇者ってば、僕の毒を解毒できるのか? 面白くないな。それなら即死させておけばよかったよ。それで、どうするんだ? ラツィをわたすのか? わたさないのか?」
緑色の魔族が、イライラした声音で尋ねてくる。マルバンにすがりついたままのラツィの髪が、凍えるような水色に変わっていった。涙をいっぱいに溜めた金色の瞳が、すがるようにサイラスを見つめる。
「ご主人さま。姉さまを助けて! もうあんなところに姉さまを連れていかせないで! おねがい、おねがいだよ……」
セフィの言葉とほぼ同時に、サイラスめがけて今度は一度に四本の触手が矢のように伸びてきた――。
『ユニークスキル《神の盾》を発動します……』
四本の触手は、サイラスに届かずに目の前で透明な障壁に弾かれた。しかし、別の四本の触手が障壁を避けて、地中から突き出し、足下にあらわれた。
「うおっ!」
サイラスは上空に跳躍してかわした。
(下から!? 地面のなかを通してくるなんて!)
その隙に、横から伸びてきた三本の触手がセフィを狙う。刹那、セフィをかばうように飛び出したルナが二本を叩き落とし、セフィはかろうじて残りの一本から身をよじって逃れた。
だが、同時に伸びてきた別の二本の触手が、それぞれエミルとソフィアの身体に巻きついて、ふたりを捕らえた。
「いやぁぁああ、サイラスくん!」「きゃぁああああああああっ!」
エミルとソフィアは、あっという間にデルギフトの触手によって二十メートル向こうに連れ去られ、緑色の魔族の頭の左右に逆さまにぶら下げられた。
「エミル! ソフィアさん!」
恐怖に引きつるふたりの顔の前に、尖った触手の先端がゆっくりと近づいていった。ドロリとした紫色の毒がたれているのが見える。
ふたりの人質を手に入れたデルギフトは、愉悦の笑みを浮かべた。
「さあ、最後の交渉だよ、勇者殿。その魔族の娘とこの人族の娘たちを交換しよう。僕の毒の威力はさっき見ただろう? ラツィをわたさなければ、この娘たちをふたりとも毒でいますぐに殺しちゃうよ」
セフィが自分の身体を両手で抱きしめるようにして、目をつぶって震えている。ルナがその肩に優しく手を置いた。
「おい、ラツィ。どうせ逃げられやしないんだ。あきらめて、さっさとこっちへこいよ」
エミルとソフィアの腰から胸にかけて巻きついた、デルギフトの太い緑色の触手が、ふたりの細い身体にミシミシと食い込んでいく。
「さ……サイラス……くぅ……」「ひ、ぎゅっ!?」
ふたりは息も絶え絶えにうめき声を上げた。
(くそっ、どうすればいい……考えろ……!)
「おやおや、毒なんて必要ないかもね。このまま絞め殺しちゃおうかな? 人族の女の骨が砕ける音なんて最高じゃないか。ゆっくり砕くか、それとも一気に砕くか。さて、どっちから先にやろうかなぁ。ははははは」
「あああっ、ソフィアさまっ!」
銀髪の女騎士キーラが悲痛な声を上げ、真っ赤な顔でセフィを振り返った。セフィの凍えるような水色の髪が、燃えるような赤色に変わっていく。
「……仕方ありません。我が主さま、交渉に応じましょう。わたくしをデルギフトに差し出してください」
「そ、そんな、姫さまっ!」
マルバンが、癒えたばかりの身体で立ち上がり、おろおろしはじめた。
「……心配いりません、マルバン。わたくしは、丈夫ですから」
ラツィは小さな赤い唇を血が出るくらい強く噛みしめ、デルギフトをにらみつけている。その人形のような白い顔が、さらに白くなっていった……。
「記憶喪失勇者」1-41を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
さいらすと申します。
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※『勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~』という小説も書いています。
※本編の800年前のお話です。
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キーラのイメージ画像をChatGPTに描いてもらいました!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




