1-38 嫌な予感
朝早くから、サイラスたちはふたたび寂れた街道沿いを東に歩いていた。爽やかな天気だった。森のほうから草の匂いのする風が吹き抜け、鳥のさえずりが聞こえてくる。
一行はサイラスを先頭に、右隣にエミル、サイラスの後ろにはルナ、その右隣にラツィ、一番後ろをマルバンが歩いていた。
栗色の長い髪をふわりと風にそよがせたエミルが、すぐ隣からサイラスに微笑みかける。振り返ると、ルナがラツィのようすをちらちらとうかがいながら、サイラスの後ろを守るようについてくる。
サイラスをラツィから守るエミルとルナのフォーメーションは今日も健在だった。
「ねー、ねー、それでなんで、ルナは神聖術が使えるの?」
「急にどうしたんだ、おまえ!? ええい、離れろ!」
いつの間にか、ラツィの赤い髪が水色に変わっていた。セフィはルナの右腕に、親しげにしがみついている。セフィのことを知らなかったルナが慌てて振りほどこうとする。だが、セフィは離れない。
「姉さまの妹のセフィだよ。ねー、ねー、なんで? なんで?」
「ラツィの髪は赤だけど、セフィのときは髪が水色に変わるんだよ。セフィはラツィと身体を共有してるんだ」
サイラスが振り返って、後ろで暴れているルナにセフィの説明をする。
「だからといって、なんでくっついてくるのだ! いいから、私から離れろ!」
「わーい、ルナは力持ちだねー。楽ちん、楽ちん」
ルナの右腕にぶら下がりながら、小柄な魔族の少女はひまわりのような笑顔を見せた。
(セフィは誰にでもすぐ懐くんだな。ルナも困ってるけど、まんざらでもなさそう)
しばらく抵抗していたルナだったが、あきらめたらしい。セフィにしがみつかれたまま、ぽつりぽつりと自分がなぜ神聖術を使えるのかについて話しはじめた。
「神聖術が使えるとは言っても、使えるのは治癒術だけなんだ」
神聖術は怪我の治癒、病気の治療、解毒などがよく知られているが、身体を強化したり、敵を攻撃したりする術も存在するという。
「私は、ニーナの記憶を頼りに治癒術を使っている。ただ、人間と違って身体のなかにマナを蓄えられるわけではない。だから、この魔晶石のマナを利用するんだ」
ルナは自分のおへそ辺りに埋め込まれている大きな魔晶石を左手でなでた。
「でしたら、その魔晶石のマナが切れてしまったら、どうなるんですか?」
エミルが心配そうな顔で、ルナを振り返った。
「私は停止してしまうだろうな」
「えっ!?」
「大丈夫でありますよ。そのときには、空になった魔晶石を新しい魔晶石に取り替えればいいのであります。魔導人形とは、そういった仕組みでできているのでありますから」
青い顔をしたエミルにルナの後ろから、マルバンが優しく微笑みかける。
(切れたら、魔晶石を替えればいいんだ。“電池”みたいだな)
「まあ、これだけ大きな魔晶石があればの話だがな」
そう言って、ルナは高らかに笑った。いっしょにセフィも、あははと笑う。
「でも、まあ、悪いことばかりではないのだぞ。私には人間の神聖術士が数人がかりで治癒するような怪我をひとりで治すことができる」
ルナは得意げに胸を張った。
「神聖術の治癒というのは、相手の怪我を自分に移して、自分の治癒力で治すものなんだ。だから、深い傷は普通、何人もの神聖術士で分け合う。だが私の場合は、この硬い身体のおかげで、人間の怪我を自分に移しても、傷がつくことなんてないからな」
(なるほど。怪我そのものを移すんじゃなくて、怪我の元になったダメージを移すような感じか。確かにルナの身体なら耐えられそう)
「ルナ、すごいねー」
腕にぶら下がりながら、セフィがきらきらした目でルナを見つめた。
(ラツィとは険悪だけど、セフィとは仲良くやれそうだな。すこし安心した)
◇
街道の脇を歩くサイラスたちの後ろから、二騎の騎馬がすごい勢いで走ってきた。一行を追い越し、すこし先で急停止する。そして後ろを振り返り、ゆっくりとこちらに戻ってきた。
(嫌な予感がする)
馬上の、紺色のローブをまとった金髪の少女が、サイラスたちに問いかけてくる。
「貴方たちは、何者ですか? どこに向かっているのですか?」
「我らのご主人さまは、四百年前に魔王を倒した“帰らずの勇者”サイラスさまであります。ふたたび魔王と戦うための準備として、これから、自らの所有物である勇者の剣を回収しにいくところでありますよ」
マルバンはサイラスの前に進み出て、堂々と騎士たちに答えると、右腕で自分の胸を押さえ、優雅にお辞儀をした。
(マルバン! なんでいきなりぜんぶ話しちゃうんだよ!)
サイラスは思わず頭を抱えて、その場にしゃがみ込みそうになった。
「勇者だと!?」




