1-35 勇者の盾
サイラスはあらためて、手に持った勇者の盾を確かめた。
盾は見たこともない鮮やかな黄色の金属でできている。円形で直径は一メートル近い。そんなに大きくて、しっかりとした厚みもあるのに、不思議とあまり重量は感じられなかった。
表面の真ん中には大きくなにかの紋章がデザインされていて、その周りを複雑な幾何学模様が取り囲んでいる。
「さすがは鍛冶の神ファルカが作ったといわれる盾でありますね。神代に作られたというのに、表面なんて新品のようにぴかぴかでありますよ。この複雑で精緻な模様は、どうやってつけられたのでありましょうか。まったく惚れ惚れするでありますな」
マルバンが寄ってきて、うっとりと盾の模様をなでている。
(マルバンって、魔族のなかでも、きっと変わり者なんだろうな)
「……これは精霊神ルミナの紋章ですね。忌々しい」
ラツィは気に入らないらしい。憎々しげに盾をつついた。
「この盾、すっごく軽いから、さっきみたいに投げたら、武器としても使えるかも?」
「……我が主さま。どこの世界に盾を投げる勇者がいるというのですか。その盾を持ち上げられるのは主さまだけ。的から外れたときに盾を拾いにいくのは、主さまなのですよ?」
ラツィはそう言って、やれやれ、とでも言いたげに、可愛らしく首を振った。
(確かに、投げて外したら取りにいくの僕か。ラツィの言う通りだな)
エミルは呆然と、サイラスたちのやりとりを見ていた。騒ぎが収まって冷静になってくると、ある事実が胸の奥で大きくなっていく。
(サイラスくんが、勇者の盾に選ばれてしまいました……)
魔族たちの言葉は信じていなかった。いや、信じたくなかったのだ。でも、もうサイラスが伝説の勇者なのだと認めざるをえない。
そうか、この少年は本当に四百年前の勇者なのだ。愛した少女を守ることができなくて、それで壊れてしまったのだ――心を閉ざしてしまったのだ。
きっとサイラスは、その王女のことを心から愛していたのだろう。だから、少女を失ったことに耐えられなくて、自ら記憶をなくしてしまったのではないだろうか。
エミルはとても悲しくなった。翠玉色の瞳から、一筋の涙がこぼれた。
(サイラスくん…………)
エミルは怖かった。盾に選ばれたということは、サイラスは魔王と戦わなければならないということだ。自分も覚悟を決めなければならない。
サイラスは確かに伝説の勇者かもしれない。でも、記憶をなくして、孤独で不安を抱えた、ひとりの普通の少年なのだということをエミルは知っていた。
(精霊神ルミナさま、どうかサイラスくんをお守りください)
エミルは心のなかで、何度も強くそう祈った。
◇
ルナを旅の仲間に加えたサイラスたちは、夕方までには元の街道に戻ってきていた。すこし東に進んだところで、今日も暗くなる前に野営の準備をする。
「勇者の剣はトロワール大公国、旧ガヤルド王国領近くの“剣聖の里”に安置されている!」
ラツィの肩のパールが、甲高い声で叫んだ。
「その剣聖の里とやらは、ここからどのくらいなんだ?」
「旧ガヤルド王国領の近くということですので、たぶん、ラグーツの街よりも手前だと思います。歩きで五日くらいではないでしょうか?」
地理に詳しいエミルが答えた。マルバンもうなずいている。
「けっこうあるんだな」
(五日か。仲間が増えたぶん、食費が心配だな)
サイラスが懐から出した袋をいじっていると、ラツィが愉快そうに笑いかけた。
「……我が主さまは、お金の心配ですか?」
「ああ。こんなに仲間が増えるとは思ってなかったからね。剣を手に入れたら、ラグーツの街でなにか仕事を探さないといけないかもしれないな」
トリマンがわたしてくれた袋には金貨が十枚入っていた。木賃宿で銀貨を三枚使ったから、いまは金貨が九枚と銀貨が七枚。それに小指の爪ほどの魔晶石が五つ。
「……勇者が職探しなどと。わたくしたちは、人族のお金は持っていませんが、小さな宝石や魔晶石なら少々ありますので、しばらくは心配ないと思いますよ。それにいざとなったら、マルバンのスキルもありますし」
「ありがとう、ラツィ。助かるよ。なるべく野宿でしのぎつつ、宿を見つけたら食料を調達しよう」
(ラツィ、意外と頼りになるんだな。でも、マルバンのスキルってなんだろう?)
魔晶石はラグーツで換金しようか、などと考えていると、ラツィが薄く朱色に染まった顔で抱きついてきた。
「……我が主さまとわたくしは一心同体。わたくしのものは主さまのものです。むしろ、わたくし自身も主さまのものなのですから」
「むっ!」
エミルが動くよりも速く、白い影が走った。ラツィを強引に引き剥がし、遠くに放り投げる。
「サイラスから離れろっ!」
白い影――ルナを、エミルは尊敬の眼差しで見つめた。エミルにとって、ルナは彗星のようにあらわれた心強い援軍だった。
「あの女魔族の魔の手から、サイラスくんを守りましょう!」
「ああ、ともに戦おう!」
エミルとルナはお互いの目を見て、がっちりと握手を交わした。
草むらの向こうから、ラツィの恨めしげな声が聞こえてくる。
「……くっ、骨董品の分際で。覚えていなさい」
(にぎやかになったなあ……)




