1-30 祈り
エミルが用意した朝食をとり、後片付けを済ませると、ふたたびサイラスたちは川に沿って歩きはじめた。静かに流れる川面に朝の日差しがきらきらと輝いている。
サイラスは、今朝、川でエミルの背中を見てしまったことを思い返していた。ちらりと隣を歩くエミルの横顔を覗き見る。と、宝石のような緑色の瞳とまともに目が合ってしまい、慌てて顔をそむけた。エミルはふわりと優しく微笑みを返してくる。
だが、その笑顔の裏では、裸を見られたことを内心ひどく怒っているのではないだろうか。もういっしょに旅をするのはやめて、ひとりで村に帰ると言い出すのではないだろうか。
(魔族たちのことも嫌だろうし、エミルがいなくなって、ラツィたちと三人と一羽で旅するなんて……)
想像して、サイラスはぶるりと身震いした。それだけは勘弁してほしい。
「このまま進めば、昼ごろには勇者の盾がある祠に着けるだろう。だが、昨日も言ったが、盾を見つけたとしても、おまえが選ばれるとは限らない。選ばれなければ、手に入れることはできないのだ!」
パールの声で、サイラスは妄想から引き戻された。
(このフクロウ、どうしても僕のことを勇者にしたくないんだな)
「ですけど、もし選ばれなかったら、サイラスくんは魔王と戦わなくてもすむってことですよね?」
もうフクロウがしゃべることには慣れたのか、エミルが素朴な疑問をぶつけた。
(あ、エミルの機嫌は悪くなさそう)
サイラスは、ほっと胸をなでおろした。ラツィが、くくくっと薔薇色の唇を歪めて笑った。
「……もし、我が主さまが此度の勇者ではないのなら、わたくしたちと魔界に向かいましょう。この世界にいても主さまの力は宝の持ち腐れです。そこの飯炊き女もついてきたいと言うのなら、わたくしのお城で食事の世話係をさせてあげましょうか?」
「だから、わたしは飯炊き女じゃありません! それに魔界なんかに行ったら、わたしのほうが料理にされちゃいそうです。絶対に行きません! サイラスくんだって行きませんから」
エミルはラツィをにらみつけながら、ふと考えた。サイラスは勇者に選ばれないほうが、いいんじゃないだろうか。そうしたら、魔王なんかと戦う必要もなくなって、怖い思いも、痛い思いもしなくてすむ。
サイラスといっしょにリーンに行きたかった。ふたりで冒険者登録をして、一度、村に帰って両親に報告し、その後は危なくなさそうな依頼をこなしながら、世界中を旅してまわるのもいい。サイラスと手をつないで歩く自分の姿が浮かんでくる。
「あの……やっぱり、勇者の盾は探すのをやめて、このまま帰りませんか?」
ラツィが、じとっとした目でエミルを見る。
「……わたくしは別にかまいませんが、もし我が主さまが此度の勇者だったとしたら、おまえたちの世界は滅びますよ?」
「えっ!?」「えっ!?」
サイラスとエミルは同時に声を上げていた。
(世界が滅ぶ?)
「魔王が復活したのに、勇者があらわれない世界を想像してみてほしいのであります。あっという間に魔王の軍勢に蹂躙されてしまうでありましょう。勇者ガリウスが女神ルミナから勇者の剣を授かって、魔王ギリヨンを倒すまでに、三つの人族の王国が滅んだのでありますよ」
マルバンが優しい声で言った。
「……四百年前のように、勇者が魔王に倒されて亡くなったのなら、別の勇者があらわれるでしょう。しかし、勇者に選ばれた者が逃げて戦いの場にあらわれなかったとしたら、この世界に新たな勇者が選ばれることはないのです」
ラツィが真剣な表情でサイラスを見つめてくる。
「……我が主さまが、魔王と戦いたくないのであれば、この世界のことは忘れて、わたくしたちと魔界に逃げますか?」
(勇者が逃げたら、新しい勇者は選ばれない。この世界は滅ぶ……)
そんなことは、できるはずがなかった。まだ自分が勇者に選ばれたと決まったわけではない。でも、確かめずに逃げてしまったら、この世界が滅んでしまうかもしれないのだ。
サイラスにとって、この世界の知り合いはエミルとその両親だけだった。それでも、エミルを魔族から助けたときと同じように、自分にできることがあるのなら、放っておくなんてできなかった。
「僕は逃げないよ。まずは勇者の盾を探そう。それから、先のことは考えよう」
魔王と戦うなんてことは想像もできなかったが、サイラスは努めて明るい声でそう言った。
「さすがは我らのご主人さまであります! 魔王リリアなど恐れるに足らず、といったところでありますね」
マルバンは感心したように腕を組んで、何度もうなずいている。
パールだけが、くるりと頭を真後ろに回してしまった。
「そうだよ、そうだよ。セフィのご主人さまなら、リリアなんて楽勝だよー」
いつの間にかラツィはセフィに替わっていて、サイラスの腕にしがみついてきた。腕が柔らかくて弾力のあるものに挟まれる。
(セフィ、いつの間に。というか、当たってる。……いや、考えるな)
サイラスの顔が真っ赤になっていった。
エミルは急に心配になった。いままで勇者も魔王も、おとぎ話のなかの存在だと思っていた。
四百年ごとに魔王があらわれると幼いころから聞かされてきたものの、自分には関係のないことだと無意識に考えていた。
それなのに、自分の隣を歩く金髪で真紅の瞳を持つこの少年は、恐ろしい魔王と戦う運命なのかもしれないのだ。
エミルは心のなかで祈った。
(精霊神ルミナさま。どうか、勇者の盾がサイラスくんを選びませんように……)
「記憶喪失勇者」1-30を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
さいらすと申します。
もし、この小説を読んで、すこしでも面白いと思っていただけたら
【☆☆☆☆☆】をタップして、★をいただけると嬉しいです!
ブックマークで応援していただけると、とてもとても嬉しいです!!
あなた様の応援が、何よりの原動力です。よろしくお願いいたします!!
※『勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~』という小説も書いています。
※本編の800年前のお話です。
※リンクはあとがきの下にあります!
挿絵をChatGPTに描いてもらいました!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




