1-3 プロメテウス
「おお、ガリウスではないか、久しいな」
魔王ギリヨンはでっぷりとした腹を押さえ、巨体を揺らして、なにが楽しいのかゲラゲラと笑っている。
「俺はガリウスの子孫でライアスという。まあ、おまえらからすれば人間なんぞ、みんな同じに見えるのかもしれんが、あいにく初対面だ」
ライアスは、巨大な魔王を品定めするように、下からにらみつけた。
ニワトリのとさかのような奇妙な王冠が目をひく。醜悪な巨体を包む黄金のローブには、なにかの血を大量に使って描いたと思われる邪神の紋章がどす黒く浮かんでいた。
ローブから突き出たごつごつした四本の黒い腕に、武器はない。代わりに、鋭い金色の爪が不気味に光っている。
魔王ギリヨンがこの世界にあらわれたのは、いまから千六百年も前のこと。どのような戦い方をするのかは、ほとんど後世に伝わっていなかった。
それでも、強力な魔術の使い手であったこと、そして、その爪に触れたものをなんでも黄金に変えるユニークスキル《強欲の金爪》に苦戦させられたことが、ガリウスの伝説に描かれている。
ライアスは魔王を見据えたまま、冷静に、そして慎重に相手との距離を測っていた。不用意に近づけば、死が待っている。
「なにを言っておるのじゃ。余が見間違えるわけがなかろう。入れ物の見た目は多少変わったようじゃが、魂の色までは変わらんのじゃからな。ああ、人は死ぬとそれまでの記憶を忘れてしまうのじゃったか。また死ななければ思い出せないとは、なんとも不便なものじゃな」
月のない夜の闇のごとく真っ黒な顔の上で、四つの金色の瞳がぎょろぎょろとライアスたちを観察するように動いている。
「……魂の色だと? なにを言ってやがる」
ライアスは怪訝そうに眉をひそめた。だが、考える暇は与えられなかった。
「わけのわからないことをごちゃごちゃと!」
刹那、女剣士パナメラが五体に分身し、目にも留まらぬ速さで魔王に斬りつけた。と同時にエルフ族の賢者フルリーヌが、巨大な竜巻を魔王の背後にぶつける。
金色の血しぶきが宙に舞った。
魔族たちがこの世界で絶命すると、身体は灰となって消え去る。そのため、剣で斬っても返り血を浴びることはなかった。
だが、この程度の攻撃で魔王にとどめを刺せるはずもなく、流れ出た血は消えずにその場に残った。
「まだ、余が話しておるというのに無礼な奴らじゃ。じゃが、そんな中途半端な攻撃はおぬしたちの寿命を短くするだけじゃぞ」
地面に散った数滴の血が、生き物のように蠢いていた。
「下がれっ!」
ライアスの叫びと同時に、魔王の血が落ちた場所から黒いなにかがあふれ出てきた。
「フハハハハ。これが新しく余に与えられた力よ。此度は勝たせてもらうぞ! ガリウス!」
パナメラは、フルリーヌを抱えて後ろに大きく飛び退いた。巨大な黒い腕がふたりの身体をかすめ、地面を叩いた。
「なん、なんだよ、これ!?」
「地面の血から別の魔王が生まれている……!? そんなスキル、聞いたことがありません!」
フルリーヌの顔から血の気が引いている。千年を生きるエルフですら、見たことのない異常な光景だった。
獲物を逃した腕が近くにあった岩をつかみ、その腕につながった真っ黒な巨体がずりずりと這い出てきた。
突然、湧いて出た黒い化け物を、ライアスは呆然と見つめた。そうしている間にも、さらにもう一体が地面から身を起こそうとしていた。
「いまの攻撃で増えたというのかっ……!?」
「そうじゃ。余の生命を一撃で奪えねば、流した血から次々に余が生まれるということじゃ。ガリウスよ、余を倒せるかな? フハハハハハハハ!」
三体に増えた黄金の魔王が勇者たちの前に壁のようにそびえ立っている。
「ライアス、あたしたちの攻撃じゃあ、奴を増やすだけだ。どうする?」
パナメラが汗をぬぐいながら、険しい表情で問いかけた。
「一撃で仕留めるしか方法はないということか……」
「ライアス、まさか……」
フルリーヌはライアスの考えに気づいて、息をのんだ。
ライアスは真剣な顔でふたりの仲間を振り返った。
「おまえたち、死ぬ気で俺から離れろ」
「ライアス、なにをする気だ?」
「まさか、あのスキルを使う気では!?」
ライアスはうなずき、黄色い盾と白い剣を地面に突き刺すと、ひとり魔王に向かって歩き出した。
「後のことは任せた」
「ダメだ、ライアス! なにか他に方法があるはずだ!」
「やめてっ! あなたの帰りを待っている人がいるのですよ!」
フルリーヌの叫びに、ライアスは一瞬だけ足を止めた。だが、振り返ることなく、小さく笑った。
「ああ、そうだった。ベガリアのワイン、馬車いっぱい買って帰るって言ったのにな……。悪い、ふたりとも。代わりに届けてやってくれ。ついでに、世界一カッコいい父ちゃんだったと、あいつに伝えてくれ」
「ライアス……っ!」
「走れっ!!」
パナメラもフルリーヌも顔色を失い、悲痛な表情でライアスを見つめていたが、唇を噛み、魔王に背を向けて走り出した。
勇者があのスキルを使うと決めたのだ。もう、それしか手段が残されていないのならば、従うしかない。
「おやおや、勝てないとわかったら勇者を見捨てて逃げ出すとは、大した仲間じゃな」
三体の魔王が声をそろえて笑い、勝ち誇った目をライアスに向ける。
「見捨てたんじゃない。あいつらは俺の命令に従っただけだ。仲間を信じられないおまえには、一生わからんだろうがな」
ライアスは、手ぶらでゆっくりと魔王に近づいていく。
「この不吉なスキルを授かったときから、いつかこんな日が来るかもしれないと覚悟はしていたが、まさか本当に使うことになるとはなあ」
「おぬしも余には勝てぬと悟って、素直に殺されに来たか。ならば楽に死なせてやろう。なに、礼にはおよばぬ。お互い知らぬ仲でもないのじゃからな。おぬしは黄金の像にして余の城の庭に飾ってやるとしようか。寂しくないように、後で仲間たちも、家族も捕らえて、隣に並べてやるから安心するがよいぞ」
魔王は愉快そうに黒い腕を伸ばし、金色の爪でライアスを手招きする。
「おまえだけは、きっちり道連れにさせてもらうぞ、魔王ギリヨン!」
ライアスは魔王の前で静かに両手を広げた。その身体が赤く光りだす。
「燃えよ、我が魂の炎。《神の劫火》!」
それは術者の生命と引き換えに、周囲のすべてを塵ひとつ残さず焼き尽くす自爆のスキルだった。
ライアスの生命を燃やして、巨大な灼熱の火柱が吹き上がる。
「アレクサンドラを頼んだぞ、サイラス……っ!」
「記憶喪失勇者」1-3を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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1-4からは現代のお話になりますが、400年前のシーンもちょこちょこと出てきますので、続けて読んでいただけるとありがたいです!
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※『勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~』という小説も書いています。
※本編の800年前のお話です。
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ChatGPTでイメージ画像を作ってみました。
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




