1-28 セフィ
「勇者の盾は、この街道をここから北に外れて、川沿いを一日行ったところにある小さな祠に安置されている」
ラツィの配下のパールが、あらためて盾の詳しい場所を告げる。
(本当に有能だな)
「ありがとう、パール。助かるよ」
お礼を言ったとたん、パールはくるりと頭だけを真後ろに回して、サイラスから顔をそむけた。
(どうやら嫌われてるらしい……。魔族だし、人間が苦手なのかな?)
サイラスたちはパールの言う通りに街道を外れて、川に沿って北に進んだ。すぐに太陽が西に落ちかかってきたので、暗くなる前に川のほとりで野営することにした。
サイラスは増えた仲間の夕食のために、ふたたび川に入って魚を確保した。この川でのんびりと泳ぐ魚など、サイラスの速度なら止まっているようなものだった。
(仲間が増えると、捕る魚の数も増えちゃうな。まあ、いいけどさ)
エミルが手際よく火をおこし、魚を串に刺して焼いていく。川の水をくんできて、てきぱきとスープの用意も始めた。ラツィは焚き火の前にちょこんと座って、感心したようにエミルの作業を眺めていた。
「……おまえは飯炊きの下女だったのですね。わたくしたちにはできない勤めですから、我が主さまのそばに置くことを許してもいいかもしれません」
「む~、サイラスくんの食事の用意はしますけど、わたしは下女でも奴隷でもありませんから!」
(エミルは怒ってるけど、ラツィは褒めてるつもりなんだろな。たぶん……)
下女呼ばわりされたエミルは珊瑚色の唇を尖らせたが、ラツィはひとり納得したようにうなずいている。エミルはラツィを無視して、サイラスたちに焼けた魚とスープを配りはじめた。
「……おまえ。わたくしのぶんは、まだですか?」
「もう。ちゃんとありますから、おとなしく順番を待っていてください」
エミルが最後に差し出した串を、ラツィは澄ました顔で受け取った。小さな口でひと口かじり、金色の瞳がわずかに見開かれる。
「……これが魚というものですか。魔王城の料理には遠く及びませんが、人族の食事にしては、悪くありません」
そう言っている間にも、ラツィの串は骨だけになっていく。
「……おかわりです」
「えらそうなことを言うわりに、よく食べるじゃないですか!」
(魔族も、お腹は空くんだな……)
「姉さま、姉さま。そろそろセフィも、ご主人さまにご挨拶してもいいかな? いいかな?」
突然、ラツィがまったく違う話し方をしはじめた。声はさっきまでと同じような気もするが、すこしだけ違うような気もする。
(ん? 姉さま? セフィ?)
気になったサイラスは、焚き火を挟んで座っていたラツィのほうに顔を向けた。
炎に照らされた魔族の少女の顔は、昼間と変わらない。ラツィは小首をかしげて、人形のように完璧に整った美しさのまま、サイラスを見つめ返してくる。
ただ、髪の毛が――燃えるように赤い髪が、いつの間にか凍えるような水色に変わっていた。
(あれ!? 髪の色が違うような?)
するとラツィは、元気よく立ち上がって、サイラスのほうに駆け寄ってきた。
「おひさしぶりだねー。ご主人さまー!」
「えっ!!」
(待って!? どういうこと!?)
明るい無邪気な声で笑いながら、少女がサイラスの左腕に抱きついてくる。またしても胸がぎゅうぎゅうとサイラスに押しつけられた。
(うわっ! でも、昼間、抱きつかれたときは、もっと控えめな感触だったような……)
サイラスがラツィの胸元に恐る恐る視線を向けると――。
胸元の開いたセクシーなメイド服から、白いふくよかな谷間が目に飛び込んでくる。サイラスの心臓が跳ねた。息が止まりそうになる。
(大きくなってる!? なんで!?)
「ラ、ラツィ! どうして!?」
サイラスはやっとのことで、それだけを喉の奥から絞り出した。
「ふふふっ、姉さまじゃないよ。姉さまの妹のセフィだよ、ご主人さま。忘れちゃったかな? かな?」
「セフィ……??」
サイラスは、セフィと名乗った少女の顔を見つめた。ラツィと瓜ふたつで、ものすごい美少女だけれど、どこか親しみやすくて、愛嬌のある笑顔だった。
(ひとりの身体にふたりが入ってるって、いったいどうなってるんだ。しかも、入れ替わると体型まで変わるのか……)
「セフィはね、姉さまとずっといっしょにいるんだよ。だから、姉さまが聞いた声はセフィにも、ちゃんと聞こえてるよ。これからはセフィとも仲良くしてね、ご主人さま!」
「う、うん。よろしく、セフィ」
サイラスがぎこちなくうなずくと、セフィはぱっと腕を離して、今度は勢いよくサイラスの身体に抱きついてきた。サイラスは驚いて、隣に座っていたエミルの上に倒れかかる。
「うわっ!」「きゃぁあっ!」
「あははっ、ご主人さまのサンドイッチだねー」
倒れたエミルの上にサイラスが重なり、その上にセフィが乗っかる格好になった。
(ちょ、サンドイッチって!)
サイラスの上に寝そべるようにして、水色の髪の少女が笑っている。次の瞬間、サイラスの胸に顔を埋めたまま、セフィだった少女が言った。
「……というわけで、わたくしの可愛い妹。セフィのことも、よろしくお願いします。我が主さま」
「……ラツィ?」
サイラスが顔を上げると、にっこりと微笑むラツィと目が合った。髪の毛は赤色に戻っている。
(瞬時に入れ替わったのか? 本当に別人なんだな)
焚き火の向こうでは、魔族の執事がなぜだか誇らしげにうなずいていた。
「おふたりを同時にお相手とは。さすがは我らのご主人さまであります」
黄金のフクロウだけが、じっと冷たい目でサイラスをにらんでいる。
サイラスは、背中にエミルの柔らかさを感じて恥ずかしくなり、すぐに彼女の上から降りようとした。だが、身体の上にラツィが乗っかっていて動けない。腹筋の辺りにも、すこし控えめなふたつの柔らかいものが当たっている。
サイラスの頭のなかに、ぽわーんと一位セフィ、二位エミル、三位ラツィという“ランキング”が浮かんできた。
(いや、なにをランキングしてるんだ、僕は)
まるでサイラスの考えていることがわかるかのように、ラツィが悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「……わたくしとセフィは双子なのに、なぜかセフィの胸だけがどんどん大きくなったのです。でも、大きければいいというものでもないと思いませんか? 我が主さま」
「なななっ!」
(心を読まれてる!? いや、読まれてない。読まれてないはずだ……)
サイラスは顔が真っ赤になった。ラツィの肩を押して、自分の上からどけようとしたが、ラツィはサイラスの首に白い腕をまわしてしがみついてきた。サイラスの耳に薔薇色の唇を近づけ、熱い吐息を吹きかける。
「……我が主さまは、どちらのほうが好みですか? わたくしとセフィ」
「えっ!」
もちろん、サイラスの顔のそばにはエミルの顔もあった。
「もう、いつまで、わたしの上に乗っているんですか。いい加減、ふたりともどいてくださいいいい!」
エミルが叫び、サイラスとラツィは思いっきり突き飛ばされた。
(エミル、怒るとすごい力が出るんだな……)




