1-27 三種の神器
「はあはあはあ」「ふうふうふう」
エミルとラツィは肩で息をしていた。
サイラスをめぐって取っ組み合いにでもなりそうな勢いのふたりだったが、エミルをサイラスが、ラツィをマルバンが、それぞれ後ろから羽交い締めにして引き離したのだった。栗色の髪と燃えるように赤い髪が、どちらも乱れている。
「……こほん、放しなさい、マルバン。人族の小娘ごときに、わたくしが後れを取ることはありません。いつでも氷の彫像にできますし、なんなら、いますぐ消し炭にしてあげましょうか?」
「あんなことを言ってますよ、サイラスくん! やはり危険な魔族です。すぐに逃げましょう!」
「……うぅぅぅぅ!」「むぅぅぅぅ……!」
ふたりは身動きもとれないまま、にらみ合っている。
(さっきまで魔族との緊迫した遭遇だったはずなのに、なんでこうなってるんだろ)
しばらくすると、さすがに疲れたのか、ふたりともおとなしくなった。
サイラスは、これからのことを考えると憂鬱になってきた。エミルひとりでも、どう接したらいいのかわからないというのに、この調子だと、ラツィたちもついてくることになりそうだ。
(胃が痛い……)
メイド服の短いスカートを整えるラツィの肩で、黄金のフクロウが不機嫌そうに翼をゆっくりとたたんだ。だが、その丸い目だけは、サイラスから一瞬も離れなかった。
「……それで、我が主さまは、どこに向かうつもりだったのですか?」
「ああ、トロワール大公国の首都リーンまで行こうと思って、途中のラグーツって街を目指してたんだ」
先が溶けて柄の部分だけになってしまった剣をいじりながら、ラツィの問いにサイラスは答えた。
(せっかくトリマンさんからもらったのに。こんなになっちゃって……)
「リーンへは、どのようなご用事でありますか?」
ラツィを解放したマルバンも会話に加わってきた。川のほとりの切り株に腰かけたエミルが、魔族の執事のほうを向いて口を開いた。
「なにか用事があるというわけではないんですけど、大きな街に行けば、サイラスくんのことを知っている方がいらっしゃるかもしれないと思いまして」
「なぜ、ご主人さまを知っている者をリーンで探すのでありますか?」
「えっと、サイラスくんは、その……どうやら記憶喪失みたいなんです」
エミルはちらりとサイラスを見ながら、言いにくそうに説明した。それを聞いて、ラツィは薔薇のように赤い小さな唇をわずかに歪めて微笑んだ。
「……我が主さまが記憶喪失。どうりで、わたくしのことを覚えていないわけです」
「だから、リーンに行けば、誰か僕のことを知っている人がいるかもしれないし、いなくても冒険者登録をして仕事を探せるかもしれないってことで、エミルと話して決めたんだ」
あえて、サイラスは辺境伯の騎士から逃げていることは話さなかった。ラツィが、ふんと鼻で笑った。
「……人族の小娘が考えそうな、浅はかな案ですね」
「むっ!」
エミルが深い緑色の瞳を細めて、ラツィをにらみつける。ふたりの間に見えない火花が飛び散った。
(また始まった……)
「……我が主さまを知る者は、もうここで見つかったのですから、わざわざ探す必要はありません。いま、主さまに必要なのは、勇者の三種の神器です」
「勇者の三種の神器?」
サイラスは、まだ自分のことを四百年前の勇者だと認めたわけではなかった。だが、三種の神器と聞いて、俄然、興味が湧いてくる。
「……はい。四百年前、我が主さまの三人の奴隷たちが、それぞれ持ち帰った剣、盾、鎧です」
「それは、どうやって探せばいいんだ? っていうか、探してどうするんだ?」
「行方は、後ほどパールに調べさせましょう。探してどうするのか、でありますが、神器を手に入れないことには、魔王が復活してもご主人さまが戦えないのであります」
「え!?」「え!?」
マルバンの言葉に、サイラスとエミルはお互いの顔を見合わせた。
そうなのだ。魔王を倒した勇者が消えて四百年。魔王は四百年ごとにあらわれる。もう、いつ魔王が出てきてもおかしくない。
(魔王と戦うなんて、想像もできないな……)
「勇者は三種の神器を身につけて、魔王と戦うのであります。それぞれに特別なスキルが宿っていて、手に入れた者はそれを使えるようになるのであります。三種ぜんぶを手に入れると魔術を無効化できるともいわれているでありますよ」
「魔術を無効化か。それはすごいな」
「……くくくっ。持つべきものは、有能なしもべだとは思いませんか? 我が主さま」
ラツィは勝ち誇ったような笑みをエミルに向けた。
(有能なのは認めるけど、こいつらも魔族なんだよな?)
「そうそう、もうひとつ気になってたんだけど。魔王が復活したら、おまえたちは魔王の味方をしなくてもいいのか? 魔族なんだろ?」
人形のように整った顔が真顔になる。
「……此度の魔王は順番の通りなら、第二魔王国リアルジンの銀氷の魔女リリアのはずなのです。魔王国はお互いに不可侵。助けることもありません。もし、アルージュの魔王が復活して主さまと戦うことになったなら、わたくしたちも主さまと刃を交えることになるでしょう。でも、それはまだ何百年も先の話。主さまの来世の話でしょう」
(魔族とはいっても、ぜんぶが仲間ってわけでもないんだな。人間の世界と同じようなものか)
突然、ラツィの肩にとまっている黄金のフクロウがしゃべりはじめた。
「道を示せ、《魔界図書館》…………勇者の鎧は“風の森”のエルフ族の集落。勇者の剣はトロワール大公国、旧ガヤルド王国領近くの“剣聖の里”。勇者の盾はこの近く、シスレート公国の小さな祠にそれぞれ安置されている」
「おわっ!? フクロウがしゃべった!?」
サイラスは驚いて、黄金のフクロウを二度見した。フクロウがサイラスをぎろりとにらんだ、ような気がした。
「神器を見つけたとしても、ふたたびおまえが選ばれるとは限らない。当代の勇者かどうかは、神器が決めること。候補なら、おまえの他にもいるのだ!」
(このフクロウ、僕のことが嫌いなのかな?)
「はう。フ、フクロウがしゃべりました……そ、それも、女の人の声で」
エミルも目を丸くしている。
「パールのスキル《魔界図書館》は、この世に存在するすべての人を本として捉え、その知識のなかから、あらゆることを検索することができるのであります。世のなかの人が知っていることなら、なんでも知ることができるという、すごいスキルなのでありますよ」
マルバンが、まるで自分のことのように自慢げに胸を張った。
(“ネット検索”みたいなものか。確かにすごいな)
サイラスの頭のなかに、機械のような女性の声が響く――。
『スキル《魔界図書館》を確認。解析します……』
『スキル《魔界図書館》の解析完了。複製して保存しました……』
(また、あの声。僕のスキルって、相手のスキルを“コピー”できるのか?)
「……やはり、リーンに向かう必要はなさそうですね。まずは近くにある勇者の盾を手に入れましょう」
ラツィが小馬鹿にしたような顔でエミルに視線を送る。エミルは白くて細い腕を組んで、可愛い顔をラツィからそむけた。
(エミル、すごく不機嫌そうだな……)
サイラスは、セクシーなメイド服を着た赤髪の絶世の美少女と、黒服の長身イケメン執事を交互に見つめた。これから、このふたりが旅の仲間に加わることを考えると、めまいがしてくる。
まだ、自分のことを勇者だとは思えない。それでも、手に入れられなくても、神器とやらをひと目見てみたいとは思う。
目的地に決めたリーンへは、急いで行かなければならないというものでもない。奇妙なふたりと一羽がついてきてしまうことにはなるが……サイラスは覚悟を決めた。
「わかった。勇者の盾を探しにいこう!」
「……はい、我が主さま」
魔族の美少女が、サイラスにとびきりの笑顔を向けた。




