1-24 ラツィ
「も、申し訳ないであります。ご主人さまぁ!」
黒ずくめの男は、素早い動作で両手を地面につき、サイラスに優雅に土下座した。
「ご主人さま!?」
(それに、土下座!?)
サイラスがあっけにとられて構えを解くと、ユニコーン像は霧のように消えた。
「……四百年ぶりですね。我が主さま」
いつの間にか、黒い服を着た小柄な少女もかすかに笑みを浮かべて、サイラスの近くに立っていた。その肩には、置物みたいな黄金のフクロウがとまっている。
少女の黒い服は、ちょっと変わったデザインのメイド服のようだった。上は半袖で、スカートが短い。胸元が開いていて、なんだかセクシーな感じだ。
燃えるように赤い髪を長いツインテールにまとめていて、頭の上にはちょこんと白いフリルのカチューシャが乗っている。
自分を見つめてくる少女の顔を、サイラスはにらみ返した。けれど、その美しさに唖然となってしまった。
(うわっ、すごい美人……)
一点のシミもない磁器のように白い肌、キリッとした眉、凛とした金色の瞳、長い睫毛、彫刻のような鼻梁、小さくて、ぷっくりとした薔薇のように赤い唇。
思わず息をのむほど、少女の端正な顔立ちは人形のような完璧さで、どこか幻想的でさえあった。
エミルが優しくて温かい人間的な美しさだとしたら、この少女は鋭くて冷たい人工的な美しさだった。
(いや、見惚れてる場合じゃない。エミルはどこだ?)
「わぁあああん、サイラスくん……!」
「エミル!」
サイラスが慌てて声のするほうに目を向けると、エミルは服を着て、こちらに駆け寄ってくるところだった。
(よかった。無事だった)
あらためて、赤髪の少女のほうを向く。
「四百年ぶりって、どういうことだ! それに、急に襲いかかってきたくせに、ご主人さまって。おまえたちはいったい何者なんだ?」
「……わたくしたちは、魔族です」
少女はわずかに口元を歪めた。微笑んだのだ。
(魔族!!)
その場に緊張が走った。サイラスはエミルに駆け寄り、彼女を背にかばった。エミルが怯えたように身体を震わせ、後ろからサイラスの腰に細い腕をまわしてくる。
「おまえたち! この前の魔族の仲間か!?」
「……我が主さまは、わたくしのことを忘れてしまったのですか?」
自分のことを魔族だと言った少女は、悲しそうにうつむいた。
「仕方がないのであります、姫さま。我らと違い、人族にとっての四百年はとても長いのであります。顔くらい忘れてしまうこともありましょう」
黒ずくめの男が立ち上がり、少女を“姫さま”と呼んで慰めている。長い黒髪で整った顔立ちの青年だった。執事のような格好をしている。
(姫さま? こっちの男も魔族なのか?)
「……この前の魔族というのは、我が主さまが倒した魔族たちのことでしょうか?」
「ああ、そうだ! 魔族は人間を食べるんだろ? おまえたちもか!?」
小柄な魔族の少女は、くくくっと声を立てて笑った。
「……我が主さま。わたくしたちを、あんな下賤な者たちといっしょにしないでください。人族を食べるような野蛮な魔族は、本当に下等で、最底辺の者たちです」
(自分で魔族だって言ってるけど、人間にしか見えないな……)
赤髪の少女がスカートの端をつまんで、可憐に挨拶をした。貴族のような優雅な立ち居振る舞いだ。
「……あらためまして、我が主さま。わたくしは、魔王国アルージュの第四魔将ラツィです。この者はわたくしの執事のマルバン。わたくしの肩にとまっているのはパールです。ふたりとも、こう見えて魔将です」
「魔将?」
「はい。四つある魔界の魔王国には、それぞれに二十七の魔将がいるのであります。我は魔王国アルージュの第十八魔将であります。数字が小さいほど強い魔将ということになるのであります」
マルバンと呼ばれた黒髪の魔族の青年は、優雅な仕草でサイラスにお辞儀をした。
あんなに細くて小柄な少女が魔将!? ……それに少女の肩のフクロウ――パールも魔将らしい。魔族にはいろいろな姿の者がいるものだ。
当のフクロウは、ラツィの肩の上で微動だにせず、金色の目でじっとサイラスを見ていた。
「先ほどは失礼いたしました。ご主人さまのお力が衰えていないか、姫さまのスキルで試させていただいたのであります。やはり、さすがは我らのご主人さま。四百年たっても変わらぬ力強さに、我は感服するばかりであります」
(力を試した? 試すにしてもやり方があるだろ。死にかけたんだけど……)
(さっきのスキルの威力からしたら、相当強い魔族なんだろうけど、なんでメイド服なんか着てるんだろ? まあ、服は趣味なのかもしれないな)
「それにしても、どうしてこんなところで魔王国アルージュの第四魔将とやらが、僕を待ち伏せしてたんだ?」
「……四百年前にここで、わたくしは人族に襲われているところを、我が主さまに助けてもらったのです。覚えていないのですか?」
赤髪の魔族――ラツィがすこしだけ拗ねたように小さな赤い唇を尖らせ、サイラスの腕にしがみついてきた。控えめな双丘がサイラスの腕に押しつけられる。
サイラスは顔が赤くなるのを感じた。後ろでエミルの表情が険しくなっていく。ラツィがサイラスの肩に顔を埋める。
「……我が主さまは、魔王ギリヨンを討伐にいく途中でした。わたくしたちは、主さまに助けられた後、主さまが魔王を倒したら、しもべにしてもらおうと城の近くで待っていたのです。それなのに……主さまは戻ってきませんでした」




