1-22 水浴び
サイラスたちがラグーツに向かって進む、この寂れた街道の名は“サイラス街道”といった。
四百年前、勇者サイラスが、ガリウス王国の王都ガリウスを出発し、南のラグーツからベガリア王国まで仲間と旅をした道だ。
魔王を倒しにいくときにだけ通って、勇者が凱旋することはなかったが、魔王を倒した功績は街道の名前に残っていた。
しかし、ベガリア王国が滅んだことで交易は激減し、この街道を使う者は少なくなった。消えてしまった勇者と同じように、人々から忘れ去られた街道だった。
サイラス街道はエルフ族が住むという“土の森”の北側をなぞるように、旧ベガリア王国地域から東に伸びている。森の側を歩いていれば、高い木の影が初夏の日差しをさえぎってくれた。
土の森からは街道を横切るように、何本もの細い川が北に向かって流れている。合流してダヌビス川になるウリエル川ほどの太さはなかったが、どれも水は澄んでいた。
そんななかのひとつ、川幅四メートルほどの細い川をわたす橋の前で、エミルは立ち止まった。
もじもじと恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、サイラスに尋ねる。
「……あ、あの、サイラスくん。わたし、ここで水浴びをしてもよろしいでしょうか?」
「え!?」
「さっきの宿では、その……身体をふけなかったですし……この川の水、なんだかとても綺麗なので……身体の汗を流して、髪も洗えたらなと思うんですが……」
「川で水浴びするの? こんな昼間に!?」
「はい。村には公衆浴場があるんですけど、混浴なので、わたしは小さいころにしか行ったことがないんです」
「こ、混浴!?」
(あんな小さな村に公衆浴場? しかも混浴って……まさかトリマンさんが村長権限で作った、とか?)
「ですので、若い女の子はあまり公衆浴場は使わなくて、冬場は家のなかで身体をふくことしかできないんですけど、このくらいの時期なら川で水浴びをするんです。この辺りは人もいないですし、ちょうどいいかなと思いまして……」
確かに、宿を出発してから一時間ほど、誰ともすれ違っていない。
すこし森に入って水浴びをするなら、街道からは見えないだろう。問題はなさそうだ。
(問題は、エミルが水浴びしてるときに、僕がどこにいればいいのかってことだけど……)
「じゃ、じゃあ、僕はあっちのほうにいってるから、もしもなにかあったら、お、大きな声で呼んでね」
サイラスは赤い顔のまま、せめて自分も頭だけでも洗っておくかと、エミルとは反対方向に走っていった。
エミルは慌てて走り出すサイラスの後ろ姿を見て、思わず微笑んだ。そして、街道を離れ、川沿いを森のほうへ入っていく。
人目につかない場所まで歩くと、エミルは周りを見まわして、誰もいないことを確かめた。川のそばに荷物を置き、なかから布を取り出す。
慣れた手つきで衣服の紐を緩め、たたんで荷物のそばに置く。
エミルの透けるように白い肌と栗色の長い髪が、初夏の太陽の下で輝いている。しなやかで華奢な裸身に、不釣り合いなほど豊かな胸のふくらみ。
川の流れは穏やかで、深さはエミルの太ももくらいまであった。布を水に濡らし、身体をふきはじめる。すこし冷たい水が心地よかった。
昨夜、ふたりはエミルの村から逃げるように旅立ち、速足で街道を東に進んだ。日が昇るころに宿を見つけたのだが、ベッドがひとつの狭い部屋しか空いていなかった。疲れていたとはいえ、エミルはサイラスと同じベッドで寝てしまったのだ。
(でも……これからだって、ふたりで旅をしていれば、そういうこともあるかもしれませんよね)
汗の匂いなんかさせていたら、サイラスに嫌われてしまうかもしれない。サイラスがそんなことを気にするとは思えなかったが、エミルも十六歳の女の子なのだ。
ふと、エミルは自分の頬に手を当てた。そこは昨晩、魔族に切られ、サイラスに癒やしてもらったところだった。
(もし、あのまま顔にひどい痕が残っていたら……わたしは、きっとあの村で……ずっとひとりきりで……)
エミルは胸の奥の想いを飲み込んで、身体の汗を流し、髪も洗い終えると、岸に向かって歩き出した。
たたんでおいた衣服を手に取ろうとしたとき――川沿いの森のなかから、黒い服を着た小柄な少女と、同じく黒い服を着た長身の男が、突然、姿をあらわした。




