1-20 最初の目的地
サイラスとエミルは遅い朝食の後、今後のことについて話し合った。一ヶ月後には、エミルを帰すために村に戻るとしても、その間をどうするかだ。
「もっと大きな街に行けば、サイラスくんを知っている方がいらっしゃるかもしれないと思うんです。ほら、父さまもおっしゃっていたじゃないですか。サイラスくんは、どこかやんごとなき家のご子息かもしれないって。もしかしたら、誘拐されて、あの森に連れてこられたのかもしれないですし……」
エミルは自分の妄想に、宝石のような緑色の瞳をきらきらさせている。
(誘拐か……その発想はなかったな。可能性としてはゼロじゃないのかも)
「大きな街って言ったら、どこに向かうのがいいんだろう?」
サイラスも、もっと人の多い街には行ってみたいと思っていた。でも、この世界の地理がまったくわからない。
「ここから一番近い大きな街は、シスレート公国の首都ズリクですけど、来た道を戻ることになるんです。ベガリア辺境伯の騎士さまに見つかったら大変ですから、すこし遠いんですが、トロワール大公国の首都リーンを目指すというのはいかがでしょうか?」
「うん。大公国の首都なら、きっと冒険者ギルドもあるよね?」
「はい! リーンなら冒険者登録もできると思います。お仕事をしながら、サイラスくんのことを知っている方を探してもいいですね」
エミルはふわりと春の花のような笑顔を浮かべた。
(エミルにひもじい思いはさせられないし、トリマンさんに借りたお金も返したいからな)
「それじゃあ、リーンを目指そう!」
「はい!」
こうして、サイラスとエミルの旅の最初の目的地は、ガリウス王国の三つの大公国のひとつ、トロワール大公国の首都リーンに決まったのだった。
◇
東にまっすぐ伸びる石畳の街道はあまり補修が行き届いていないのか、あちこち石が割れたり欠けたりしている。
いい天気だった。
初夏の太陽はすでに南の空に居座り、ガリウス王国最南端のシスレート公国に属するこの街道をさんさんと照らしていたが、森から吹く穏やかな風のおかげで、暑すぎるということはなかった。
「えっと。わたしたちの足でも一週間ほど、この街道を東に向かえばダヌビス川沿いの街ラグーツにたどり着けるはずです。ラグーツからは船で川を北上すれば、三日でトロワール大公国の首都リーンに着けると思います」
サイラスの右側を歩くエミルが、白い布で額の汗をぬぐいながら笑いかけてくる。
行きが十日間、帰りが十四日間の旅。帰りのほうが長いのは川の流れに逆らうからだ。途中ラグーツやリーンに何日か滞在すれば、村に戻るのはちょうど一ヶ月くらい先になるかもしれない。
「ねぇ、なんでエミルはそんなに、この国の地理に詳しいの?」
不思議に思ったサイラスが尋ねると、エミルは恥ずかしそうに微笑んだ。
「父さまから教わったんです。父さまは昔、冒険者をされていたころに、ガリウス王国のなかを旅してまわったそうで、わたしは小さなころ、世界地図を広げて父さまから旅の話を聞くのが大好きだったんです」
(トリマンさんの冒険談を聞いて、ずっと外の世界に憧れていたんだな)
幼いエミルが目を輝かせて地図を見ているところを想像して、サイラスは微笑ましく思った。
「ウリエル川とラファエル川が合流するところを、いつか見てみたいと思ってたんです。こうやって本当に見に行けるなんて、夢みたいです」
エミルの声が弾んでいる。
(この笑顔が見られただけでも、旅に出た甲斐があるな)
「でも、この街道はすこし寂れているので、駅馬車みたいなものがないんです。ですのでラグーツまではずっと歩きになってしまいます。それと宿もあまりないので、野宿が多くなってしまうかもしれないんですが……」
「うん。歩くのも野宿も僕はぜんぜん平気だよ」
「さすが勇者さまですね。食料は、母さまからたくさん持たされましたので、ラグーツに着くまでは大丈夫です。それにこのリュックは父さまが冒険者時代に使っていた魔道具で、見た目よりもずっとたくさんものが入って、重さもかなり軽くなるんですよ」
エミルは、背負った大きなリュックをサイラスに見せて微笑む。
「そんな便利なものがあるのか。見た目はけっこう大きいけど、重くないの?」
「はい。中身がいっぱいでも、このくらいの重さなんです」
エミルがリュックをひょいと片手で持ち上げてみせる。
「すごいな、魔道具って。ほしいな、それ」
「ふふっ。これはわたしの大切な宝物ですから、あげられませんよ」
エミルが悪戯っぽく舌を出した。
(からかう顔も可愛い……)




