1-16 魔晶石
時が止まってしまったかのような幻想的で美しい光景だった――。
そこにはただ、眩しい七色の光があふれていた。天井も床も壁もなく、どこまでも遠く煌めきが伸びている。
人の身体ほどの透明な水晶の柱がそこかしこに浮かび、虹のような光を反射して、きらきらと輝いている。柱は空中で完全に静止していた。
そこには風もなく、まるで空気ですら、その空間の主に動いてはいけないと命じられているかのようだった。
辺りは耳が痛いくらいに、しんと静まり返り、生き物の気配はまるでない。
「かの者が目覚めたか……」
若い男の声だった。
「憤怒の炎を宿せし者」
若い女の声だった。
「まずは忌々しき者どもの粛清を……」
「ふふふ、滅びは、もうすぐそばに」
「此度こそ、この不浄な世界も……」
「この永きにわたる悪夢も」
「ああ、すべてを無に帰すときが……」
「ええ、死によって解放されるでしょう」
「ふふふふふふ」「あははははは……」
若い男と若い女の楽しげな笑い声が、光のなかにこだました。
◆
サイラスとエミルは、村長の家に無事に戻ってきた。
扉を開けてなかに入ると、エミルの姿を見つけたコロネが涙でぐしゃぐしゃになりながら駆け寄ってきて、最愛の娘をその手で強く抱きしめた。
エミルも母の肩に顔を埋め、大きな声でわあわあと泣きはじめた。
トリマンが涙を流しながら笑顔でうなずき、サイラスを部屋のなかに迎え入れて、背中をばんばんと叩いてくる。
「ありがとうございます。ありがとうございます、勇者さま。このご恩は一生忘れません……」
エミルと抱き合ったまま、コロネが何度も何度もサイラスに感謝の言葉を繰り返す。そんな家族の姿を見て、サイラスも本当にエミルを助けられてよかったと思うのだった。
しばらくして、親子の涙の再会も落ち着いたところで、トリマンが言いにくそうに切り出した。
「サイラスさま、エミルを魔族から助けてくださり、本当にありがとうございました。どんなに感謝しても、感謝しきれません。ただ、その……もうひとつだけ、お願いがあるんです……」
大柄な村長は真剣な表情で、サイラスとエミルの顔を交互に見つめた。
「魔族のことで辺境伯さまに、騎士さまを派遣していただけるようにと早馬を出したことはお話ししたかと思います。騎士さまたちが到着したら、すでに魔族が倒されたことを、わたしたちは説明しなければなりません。ですが……森で倒れていた記憶喪失の少年が、ひとりで複数の魔族を倒してしまった、などという話を信じてもらえるとは思えません」
「でも、本当のことではないですか!」
エミルが身体の大きな父親に抗議した。トリマンは困ったような顔で続ける。
「それは、そうなんだが……サイラスさまには、記憶がないから身元もわからない。騎士さまたちから怪しいやつだ、などと言われたら、捕らえられて、辺境伯さまのところに連れていかれるかもしれないし、どんな目に遭わされるかもわからない……」
「そんな! 勇者さまはわたしの生命の恩人で、村のことも救ってくださったのに……そんなのあんまりです」
エミルの翠玉色の瞳にふたたび涙がにじむ。コロネが、いまにも泣きだしそうな娘の肩に優しく腕をまわした。
「……それに、サイラスさまが倒した魔族たちは、なにかを探していると言っていたそうなんです。それが精霊の木の前に倒れていた少年なのではないかと主張している村人たちもいるんです」
(魔族がなにかを探していた? ……まさか、僕を?)
トリマンは妻の顔を見てから、サイラスの前にひざまずき、手を握った。
「サイラスさま。エミルを連れて、この村からお逃げください。なに、一ヶ月もすれば、ほとぼりも冷めるでしょう。騎士さまたちがいなくなってから、この村に戻っていただければいいのです。その間に村人たちのほうは、わたしが説得しておきます」
「エミルを連れて!?」
サイラスはエミルと顔を見合わせた。ふたりの頬が耳まで赤く染まっていく。
『母さまは……勇者さまに、わたしをもらっていただいて、ふたりでこの村から出るようにと……』
サイラスは昨晩のエミルの言葉を思い出した。
(なんだか、その通りになってしまったような……まあ、エミルをもらったってわけじゃないけど……)
どちらにせよ、この村を出るとなったら、サイラスひとりでは困ってしまっていたのだ。この世界の常識も地理もわからない身には、エミルの同行は本当にありがたかった。
「いいのかい、エミル? 僕についてきてもらっても」
「……はい」
エミルは、もじもじと両手をこすり合わせながら、小さくうなずいた。
(か、可愛い……)
「わたし、勇者さまのお役に立てるよう、精一杯、頑張ります。お料理に洗濯、身の回りのお世話は、まかせてください」
エミルはぎゅっと拳を握って、控えめに、でも一生懸命に宣言した。
「ありがとう、エミル。エミルがいっしょに来てくれるなら心強いよ」
「……そんな、心強いなんてことは」
エミルが照れたようにうつむく。
そんなエミルのようすを、サイラスは笑顔で眺めていた。だが、早ければ明後日にも騎士たちが村に着く。それまでになるべく遠くへ離れたほうがいい、とトリマンに現実へ引き戻された。
「もし、騎士さまたちと揉めて、争うようなことにでもなれば、国中のお尋ね者になってしまいます。これは少ないですが、道中の路銀にしてください」
トリマンは、金貨が何枚か入った小さな袋をサイラスに手わたした。
「ありがとうございます。お借りします。必ず、エミルとふたりでお返ししに戻ってきます」
「わはは、それなら利子の代わりに、エミルの土産話を頼みますよ」
「そういえば、これはなんでしょう? 倒した魔族から出てきたんです」
サイラスはふと思いついて、魔族を倒したときに手に入れた小さな赤い石をトリマンに見せた。
「それは魔晶石ではないですか! マナが結晶化したもので、魔族や魔獣を倒すと、落とすことがあるといわれています」
「なにかに使えるんですか?」
「ええ、魔晶石は魔道具の動力になりますから、大きな街に行けば、小さくてもそこそこの値段で買い取ってもらえると思いますよ。この天井に吊るされている、あのランタンも魔道具です。それにしても、五つということは、ひとりで五体も魔族を倒したのですか!?」
「いえ、魔族が三体と、魔獣が二匹です……」
「それでもすごいことです! やはり騎士さまたちには信じてもらえんでしょうな」
興奮するトリマンの前で、サイラスはしどろもどろになりながら、もらったお金といっしょに魔晶石も袋にしまった。
袋の底で、赤い石が金貨とぶつかって、かちりと鳴った。
(あの魔族たちは、いったいなにを探してたんだろう)




