1-15 君だけの勇者
ペットの魔獣たちが、一撃のもとに消滅するのを目の当たりにして、さっきまではまるで余興でも楽しむかのように、余裕の笑みを浮かべていた魔族たちが慌てふためきはじめた。
ぎゃあぎゃあと喚きながら、木に縛られたエミルを人質にしようと、一体の魔族が薄汚い手で少女の白く細い腕を乱暴につかむ。別の魔族が短く持った槍の鋭い穂先を、ぐいっとエミルの胸元に突きつけた。
サイラスの背筋に冷たいものが走った。エミルと魔族のところまでは、まだ距離がある。
(くそっ、エミルを盾にしやがって!)
「ここ、このメスの生命がァ――」
うろたえた魔族は脅しのつもりか、エミルの髪をつかむと胸元に突きつけた槍の穂先を持ち上げ、ざくりと右の顎に突き刺した。そして、そのまま少女の頬を耳まで切り裂いていく。
「きゃぁああああああ!!」
「エミル!!」
流れる血を見て、サイラスは頭が真っ白になった。思わずエミルに向かって走り出していた。そのとき――どこかで聞いたことのある人工的な音声が頭のなかで響いた。
『ユニークスキル《乙女の祈り(アンドロメダ)》を確認。休眠していたユニークスキル《光の勇者》を有効化します。ユニークスキル《光の勇者》を発動します……』
(なんだ? この感覚……!?)
サイラスは自分の胸の奥深いところから、なにか熱いものがほとばしってくるのを感じた。強烈な白い閃光が身体からあふれ出し、爆発するように膨れ上がった。
「うおおおおおぉぉぉぉ……っ!」
サイラスから放たれた白い光は広場を満たし、森の上空まで柱のように伸びて、視界すべてを覆い尽くした。
眩しい光に目を細めるエミルの前で、魔族たちは悲鳴を上げる暇もなく真っ黒な灰となって、一瞬のうちに消え去った。
光が晴れた後、魔族たちが立っていた場所には、先ほどの魔獣のものよりもすこしだけ大きな赤黒い石が三つ、残されていただけだった。
広場には、松明の火がぱちぱちと爆ぜる音しか聞こえない。
「エミル!」
サイラスはエミルに駆け寄った。血まみれの少女を前にして、どうしたらいいのかわからない。だが、そうするべきだという気がして、痛々しく血の流れる右の頬に、恐る恐る手をかざしてみた。
『休眠していたユニークスキル《超治癒術》を有効化します……』
『ユニークスキル《超高速自己治癒》、ユニークスキル《超治癒術》を発動します……』
突然、サイラスの手のひらから、優しい白い光があふれ出した。光に包まれたエミルの頬の傷は、みるみるうちにふさがり、痕も見えなくなっていった。
「い……痛みが……消え……ました」
「もう大丈夫、傷は治ったよ。魔族もいなくなった」
サイラスは急いで、ぐったりとしている少女の縄を解いた。縄から自由になると、エミルは自分を救った勇者に抱きつき、その胸に顔を埋めて大きな声で泣きだした。解放された安心感からか、いままで我慢していたものがすべてあふれ出したのだった。
「……ゆ、勇者……さ、ま。わ、わたし……ほん、とは……すっ、ごく怖かったんです」
しゃくりあげながらも、エミルは感謝の言葉をサイラスに伝える。
「……た、たすけにきて……くれて、たす、けにきてくれて、ほんっ、とにありがとう……ございま、す……ほんと、に……ぅぅ……うわあぁああん……っ!」
エミルは子供のように泣きつづけた。魔族の生贄にされ、夜の森のなかでたったひとり。本当に怖かったのだろう。サイラスは、エミルを優しく抱きしめた。
エミルの身体は華奢で柔らかく、そして温かかった。髪の毛からは花のような匂いがする。それが不思議と懐かしかった。
腕のなかのエミルのことを、サイラスは“ずっと昔から知っている”とても愛おしいもののように感じていた。
(今度こそ、助けられた)
なぜだか、そんな気がして、サイラスは心の底から安堵していた。
『君だけの勇者になってみせる』とエミルの前で啖呵を切ったことを思い出すと、恥ずかしくなってくるサイラスだったが、ほんのすこしだけ本物の勇者っぽかったかな、と自賛して誇らしい気分になった。
記憶喪失の自分が、騎士でも苦戦するという恐ろしい魔族を倒したのだ。実際のところ、後半はなにが起こったのか、サイラス自身にもよくわかっていなかった。それでもエミルを助けることができたのだ。
しばらくの間、ふたりは月明かりの下、大樹の前で抱き合っていた。すこし落ち着くと、エミルはサイラスの胸から顔を上げ、潤んだ翠玉色の瞳で彼女の勇者を見つめた。
「……あの、勇者さま」
「ん?」
「ありがとうございます。わたしなんかのために……危険を冒してまで、助けにきてくださって」
「エミルなんか、じゃないよ。エミルだから助けにきたんだ」
サイラスは思ったままを口にしただけだったが、エミルの顔が耳まで真っ赤に染まった。
「……はう」
エミルは小さく声を漏らし、サイラスの胸にふたたび顔を埋めた。今度は泣いているわけではなく、赤くなった顔を隠すように。
(あれ、なにかまずいこと言ったかな?)
サイラスもそんなエミルを見て急に意識してしまい、鼓動が速くなる。顔が熱くなるのを感じて、ごまかすようにエミルから身体を離した。
「さあ、む、村に帰ろう。トリマンさんたちが心配してる」
声が裏返りそうになりながらも、サイラスは努めて冷静に言った。エミルの顔を見ないように、ぎこちなく明後日のほうを向く。目が合うと、やけにドキドキしてしまうのだ。
真っ赤になったふたりは、お互いの顔を見ることができなかった。それでも、どちらともなく手をつなぎ、夜の森を後にした。




